• DJ B=BALLがキャリアや機材について語る

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    Novel at CLUB PICCADILLY UMEDA OSAKA. (Source: Facebook)

    Red Bull Music 3StyleのJapanチャンピオンのホルダーであり、大阪のクラブCLUB PICCADILLY UMEDA OSAKA、GHOST ultra lounge、そしてPURE OSAKAでレジデントDJとして活躍するDJ B=BALLが自身のDJ観、キャリア、プロデュースワーク、そして使用機材について語ってくれました。

    DJとして「これだけはゆずれないモノ」ってありますか?

    DJ B=BALL : ゆずれないモノ(笑)?ゆずれないモノっていうのはあまり無いですけど、ゆずれないモノと言うよりは、自分の中のこだわりとして、いわゆるクラシックだったり、知名度の高い曲をベタに聴かせないっていうこだわりはありますね。でもそれぐらいですかね。


    Novel at CLUB PICCADILLY UMEDA OSAKA. (Source: Facebook)

    CLUB PICCADILLY UMEDA OSAKAのレジデントDJをされていますが、レジデントDJとゲストDJの違いをどう捉えていますか?

    DJ B=BALL : 僕の軸としては、レジデント=ローカルのDJとして、まずはローカルのお客さんに好かれるプレイをするべきだと思ってます。レジデントDJはローカルで愛されていなければならないっていうのが大前提ですね。それと、ゲストDJを迎える時は、自分は前に出過ぎずっていうのが僕の中での美学としてはありますね。勿論、エゴもゼロではないですよ(笑)。でも、そこは100あったら、1くらいでいいんですよ。「うわっ、こんなのもかけるのかー」みたいなのがほんの少しあればいいかなと。ゲストDJがいない日は、思いっきり目立っていくと言うか、120%盛り上げるという気持ちを大事にしていますね。

    現場で使う機材面でのこだわりはありますか?rekordbox djを使っていると聞きましたが、新しいソフトウェアを試す基準はどこですか?

    DJ B=BALL : そうですね、半年くらい前からrekordbox djを試しに使い始めましたね。使い始めた一番の理由は、やっぱり日本国内メーカーっていう部分ですね。ハード面でミキサーなんかもどのお店でもPioneer DJ製品だし、トラブルの際も日本語で対応してくれるし、電話でサポートも受けられるし。正直、そこが一番大きな理由ですね。以前から使ってたソフトウェアでトラブルが多い時期があって、何か解決策が必要だと思って、rekordbox djを使ってみようと思いました。今現場では、ケースバイケースで両方のソフトウェアを使い分けている感じです。互換性のあるCDJ-2000NXS2に、ミキサーがDJM-900NXS2っていう環境ではrekordbox djを使って、それ以外のセットアップの現場では以前からのソフトを使う感じですね。

    ステレオタイプな意見かもしれませんが、rekordbox djを使うDJは割とElectric系のDJが多い印象がありますが、使ってみてどうですか?

    DJ B=BALL : まず、さっきも言いましたけど、トラブルが少ないっていう部分が大きいのと、ソフトウェア自体も従来のものと比べて遜色ないと感じてますね。そこにプラスアルファでrekordbox djならではの特色もあるので。もともとrekordbox djに持っていたイメージよりも、自分が今、何を必要としているか?そういう部分で使う機材を決めてますね。確かに僕がDJをやる界隈では、rekordbox djを使っているDJはあまり見たことがないですけど(笑)。半年使ってみて感じてるのは、やっぱり音質が良いっていうところですね。そこに伴う安定感もありますし。この先、USB1本でDJをやらなければいけないような状況が訪れても、rekordbox djを使っていれば、エクスポート機能を介して通常通りCDJでプレイ出来るあたりも便利ですよね。

    使い慣れたものから新しいものにスイッチするのは、当然新しい知識を学ぶ必要がありますし、エネルギーを消費するので億劫に感じることはないですか?

    DJ B=BALL : なんて言うんですかね、リフレッシュみたいな(笑)。ずっと同じ機材を使い続けて、ずっと同じ事をしていると、飽き性なんで飽きちゃうんですよね。何か違う事をやってみたいなって。そういう時に、違うソフトウェアを使ってみるのは、1つの楽しみでもあるんです。新しい事を覚えるのは全く苦痛ではなくて、むしろ、こんな機能があるんだー!?っていう発見の方が楽しくて。今後、自分が関わるクラブのハード環境さえ整ってくれば、他のDJが従来のソフトウェアを使っていても、同じハードを使ってrekordbox djでDJ出来ますしね。
    話が戻っちゃいますけど、rekordbox djを試す前に、まずCDJにハマったっていう経緯もあって、ターンテーブルの針交換が面倒臭いっていうのが発端なんですけど(笑)、バイナル&ターンテーブルを使わずにCDJを使ってDVSでプレイするっていうのが日常になりました。

    レコードの時代からDJを始めた人にとって、針とバイナルの部分は残しておきたい部分なのではないですか?

    DJ B=BALL : 確かにその感覚も大事なんですけど、使い始めると、意外とCDJで出来る事も一杯あるっていう発見もあって。それと同時に、現場のセットアップもCDJにシフトする流れがあって、あとは当然の話ですが、海外に行けばブースに用意されているのはCDJですし。先の事を考えたら、慣れておきたいってのもありました。使い込んでいくうちにrekordbox djのHIDモードを使ってみたら、以前のソフトウェアの時よりも波形が綺麗に見えたり、キューポイントもCDJ上で操作できて使いやすいし、色んなポイントが重なっていく中で、今後これをベースで使おうっていう1つの結論ですね。

    CDJまでを含めると、決して安い投資ではないですよね?

    DJ B=BALL : そうですね、本当に投資ですね。でも、機材を買うのって、それを使ってお金を貰うことになるんで、先行して新しい技術にお金をかけることはDJとして当然かなと思ってます。自分にとっても新しい発見があったり、新しいパフォーマンスに繋がることも、経験上理解しているんで。

    DJキャリアに対する投資とアップデートに非常に前向きなんですね?

    DJ B=BALL : まぁ、新しいものが出たら、気になっちゃうタイプなんで(笑)。「あれどうなんだろう?」って思ったらちょっと触らせてもらって、良いって思ったら買っちゃうパターンが多いですよね。ラップトップを新調するペースも、他の人と比べると少し早いと思います。アップデートは常にしておきたいし、常に万全の体制を整えておきたいですね。

    今後の活動に関するアップデートはどのように考えていますか?

    DJ B=BALL : 古い言い方になりますけど、プロデューサーDJみたいな呼称があるじゃないですか。僕が今現在やっていることはクラブDJですが、この先を見据えて取り組んでいるのはプロデュースに関することの割合が高くなってきていますね。プロデュース業を成功させるために、正直、今は修行みたいなところなんですけど。将来的に自分名義でプロデューサーとしての楽曲をリリースして、それをヒットさせたいですね。クラブDJという現在用意されている枠の中では出来なかった事をやりたいと思ってます。プロデューサーDJなのに、めっちゃクラブDJもうまく出来るじゃんみたいな。そこに自分をもって行けたらいいかなと。自分のプロデュース曲をかけて、めちゃくちゃ盛り上げる風景をDJブースから見てみたいっていうのはありますよね。順序的に、プロデュースした曲がヒットして、DJの世界に入って行くっていうプロデューサーDJのパターンは今までも結構ありますよね。逆に、クラブDJのキャリアで歩んで来て、がっつりとプロデューサーのキャリアに持って行くってのは、両立がかなり難しいことだと思ってて。あえて僕が狙っているのはそこですね。

    関連: ビデオ: DJ B=BALLのGENRE BNDRショートルーティン

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  • Tropkillaz: ブラジルの音楽を世界へ

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    Tropkillaz
    Tropkillaz at Bar Secreto in São Paulo, Brazil. (Credit: Lau Bacanal)

    ここ最近、世界中ではLatinミュージックが流行している中、ブラジル出身のTropkillazはその現状を少し変えようとしています。母国のブラジルのみならず、世界中のOpen Format DJとしてシーンで活躍しているTropkillazはHip-Hop、Dance Music、などをブラジルの音楽とブレンドさせるなどを意識して行っています。

    TropkillazはベテランのHip-Hopプロデューサー/ターンテーブリストのZegonと若くて才能のあるLaudzによる世代的にバランスのとれたユニットとなっています。彼らはTrap、Hip-Hop、Dancehallなどのスタイルを取り入れつつ、それをBaile Funkなどのブラジルの音楽と組み合わせています。

    2012年にTropkillazはブラジル国内からグローバルにOpen-Format DJのコミュニティで人気を広げ、またDJ Jazzy Jeff、Yellow Clawからもサポートを受けていました。そして彼らのエディットやリミックスなどがDiploA-Trak、Z-Trip、TWRKなどの著名DJたちも現場で使用し話題になりました。

    ユニットとして活動して5年が経過した彼らは現在Universal Music Groupからデビューアルバムをリリースする予定です。今回は新しい方向性のアルバム制作を予定しており、クラブやフェス向けの楽曲だけではなく、伝統的な楽曲の要素を取り入れた作品なども収録されるとのことです。Latinミュージックが世界的に流行っている中でいいタイミングなのではないでしょうか。

    今回DJcityではTropikillazをインタビュー。彼らが先日リリースした”Milk & Honey“公開前に行いました。

    ブラジルではそこまでベースミュージックに対して馴染みがないイメージなのですが、どのようにしてそのようなスタイルになったのですか?

    Zegon: 自分たちはEDM-Trapが有名になる前からBass Musicを作っていたよ。Hip-Hopのビートを作るときみたいに808のサブやサンプルを使ってインストルメンタルを制作し、ビルドアップやドロップを強化したんだ。ブラジルには大きなドラムとベースのシーンが90年代から2000年代始めにかけて存在し、大御所のDJであるMarky、XRS、Patifyがシーンを率先していたよ。そしてブラジルの伝統的なBali FunkやLatinミュージックの兄弟的な存在であるMiami Booty Bassなども存在するんだ。これはベースミュージックと言えるのか?と思われるけど僕たちはそう思っているよ。

    最初多くのDJからサポートを受けていましたが、それはなぜですか?

    Zegon: 自分自身DJ/ターンテーブリストのキャリアが長いからね。90年代当時、僕にとってのDJのヒーローやアイドルは皆良い友達なんだ。一緒にブラジルの多くの場所でDJもしたしね、その中にはQ-Bert、Z-Trip、Mix Master Mike、Shortkut、Craze、A-Trak、Jazzy Jeff、Cut Chemist、Nu-Markなど他にもたくさんいるね。何故皆がサポートしてくれたかというと皆が新しいツールやエディットを求めていたタイミングで自分達がクラブ向けのエディットや楽曲を作っていたからなんだ。だから自然と皆が自分達の作品を使ってくれたんだと思う、またRed Bull 3Styleの出場者達からもかなり大きなサポートを受けたね。

    今多くのダンスミュージックシーンではCDJを使用するアーティストが多い中何故ターンテーブルを使用しているのですか?

    それはすごくシンプルなことだよ(笑)ターンテーブルを使うときの感触が比べ物にならないくらい良いんだ。スクラッチや2枚使いをするときなんて特にね。新しいテクノロジーに頼るつもりは全くないよ。ただし、特にブラジルやヨーロッパの現場では使い物にならないターンテーブルを置いている場所があるんだ、そういう場合はAbelton LiveとAKAIのMPCを使用してパフォーマンスを行うよ。僕らのパフォーマンスは新旧両方を取り入れたものだと思う。

    ブラジルの音楽は他のラテンアメリカの音楽とはスタイルが違うのは何故ですか?

    ブラジルの音楽には独自のメロディーとハーモニーがあるからなんだ。またリズムの取り方もユニークなんだ。それとブラジルにはポルトガル語を言語とする国が少ないからね、スペイン語の国がほとんどなんだ。もっとAfroミュージックの影響を多く受けていて、JazzとBossa Novaの独自なスタイルも持ち合わせているよ。

    数年前からブラジリアンサウンドを楽曲に取り入れていますが、そのルーツは何から影響を受けたものですか?

    自分たちはこの方法が唯一の特徴的なサウンドを出す方法だと感じたんだ。他のプロデューサーと同様な音楽を作っていたが、当時あまり誰もHip-Hopをサンプリングしていなかったのでそこの違いはあったと思うよ。数曲をリリースして勢いが増した後にブラジルの音とテクスチュアを取り入れました。

    新しいブラジルのアーティストで現在旬で知るべきアーティストはいますか?

    Luccas Carlos、Omulu、Heavy Baile、JLZ、またBaile Funkのプロデューサーで言うとDJ RD Da NH、DJ Tezinho、Douglinhas、Henrique de Ferraz、そしてDJ Yuri Martinsだね。


    Download on DJcity

    Aloe Blaccと仕事をしたきっかけはなんですか?

    Zegon: Aloeの事はStones Throw Recordsが始まった2006年から始まっています。The Do-Overで何度か彼とセットを披露した時に息がピッタリ合ったんだ。けど本題は自分たちがDJ向けの楽曲よりも影響力のある大ヒットソングを作りたかったんだ。Aloeは自分たちのパーソナリティやスタイルを崩さず一緒に曲を作れるパートナーになれると思ったんだ。

    他にどのようなアーティストがアルバムに参加していますか?

    次のシングルはMajor Lazer、Mc Kevinho、Busy Signalとの作品だよ。まだ名前は言えないけど他にもたくさんのアーティストとコラボしたのでお楽しみに!

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    関連: TropkillazがAloe Blaccを迎えた”Milk & Honey”を公開

  • 西麻布a-lifeのレジデントDJ/ミュージックプロデューサーDJ Braizeがクラブプロデュースを語る

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    六本木/西麻布にあるa-lifeにてレジデントDJそしてミュージックプロデュースを担うDJ BraizeがDJcity Japanのインタビューにて、ナイトクラブにおけるミュージックプロデュースをDJとしての観点で語ってくれました。

    DJcity : a-lifeのレジデントDJという立場で活動しているけど、実際の立ち位置っていうか、どんな契約で動いているんですか?

    DJ Braize : 特にこれといった契約は無いんですけど、DJを含め、音楽的な側面の総括をするポジションですね。音楽の方向性だったり、DJのプレイする時間帯を決めたり。それと、このプロジェクトが始まった当初からチームとして動いていくと決めたんで、基本的には僕の独断で何かを勝手に決めるようなことは無いです。必ずみんなと相談しつつという感じですね。

    DJcity : チームにはどんなメンバーがいるんですか?

    DJ Braize : 僕と、Seiro、George、Ryohey、あとBrunoですね。

    DJcity : 色々と相談をして決めていくという話だったけど、具体的にどんな内容の相談があるの?例えば音楽の話だと、どんな話ですか?

    DJ Braize : 立ち上げた当初は、かなり頻繁に意見交換はしていましたね。今後、どんなクラブになっていくのか?他との差別化をしっかり図るために、音楽性の部分でも話し合いましたけど、そこで決めたことを各DJに押し付けるっていうことじゃなくて、そういう考えに至ったプロセスをみんなで共有するというか、「感覚」を共有していく感じですね。「この音楽をかけなければダメ」みたいな、そういうことはDJとして言いたくなかったので、これまでもそういう話をしたことはないですね。

    DJcity : 「感覚の共有」というのは、具体的にどんな流れの中で生まれるものなんですか?

    DJ Braize : そもそもの話になりますけど、集めたメンバーに関しては、音楽的な部分から、その他の多くの事までを共有出来る人材という判断で集めた前提があるんで、そんなに難しい話をしなくても、肌で感じてくれるというか、いちいち細かい事を確認しなくちゃ上手くいかないようなメンバーじゃないんで。そういう共有していくプロセスは、僕にとって大事な部分なので、人選の段階から考えてましたね。

    DJcity : a-life が目指すナイトクラブの方向性とはどんなものですか?

    DJ Braize : 大まかに言うと、ラスベガスみたいな、まず自分も含め、ラスベガスとかのナイトクラブがやっているOpenformatが結構好きで、しかも、それが日本のマーケットにもマッチするっていうのはわかっていたんで、ちょっと前まではそういう方向性を体現しているナイトクラブは無かったですし。色々な国の人が遊びに来て、勿論、日本人もいるけど、東京には色んな人が集まっている、お金持ちも、普通の人も、一杯だけ飲みたい人も、ゴチャゴチャにさせたかったっていうのはありますかね。偏らせたくなかったんですよ。日本人だけとか、外国人だけ、お金持ちだけ、そういう偏った色を付けずに、とにかくゴチャゴチャしていて、いつも楽しそうっていうイメージですね。

    DJcity : なるほど、ラスベガスのナイトクラブというと、テーブルボトルサービスの料金の部分が話題になりがちで、お金持ちがどれだけ一晩でお金を使っているかという例が挙がることが多いですけど、それだけがラスベガスのナイトクラブの全てではないですからね。観光地なので、本当に色々な人が楽しんでいるのが実情ですからね。

    DJ Braize : そうなんですよ。勿論、そういうボトルサービスがメインになるナイトクラブもありますけど、客層をよく見ると、めちゃくちゃ観光客がいるんですよ実際のところ。単純にホテルに泊まっていて、ちょっとだけナイトアウトしようかな?みたいな観光客の人が一杯いるじゃないですか。テーブルの売り上げだけで1000万円以上っていう話も聞いてはいましたけど、僕らみたいな普通の観光客が、3~4杯飲んで、いい感じに酔っ払って、踊って帰るみたいなケースも多いわけで、そういう混沌としたところが面白い部分だと思うんです。1000万円使って遊ぶお客さんと、1万円使って遊ぶお客さんが同じ場所にいるっていうのが、そこに大きな魅力を感じました。だから、偏らせたくなかったんですよ。純粋に楽しみに来ている色んなお客さんに受ける音楽を提供するのが、僕達チームの役割ですよね。

    DJcity : a-life がオープンして1年半が経ちましたが、目標に向かって進む中で、これまで一番チャレンジなことは何でしたか?

    DJ Braize : まず、単純にスタートした当初はお客さんがいなかったです。どうしても客の入りが良くないと、音楽にも口を出されるっていう(笑)。スタッフにもそれとなく「もっとEDMかけた方がいいんじゃない?」とか、ちょこちょこと言われましたね。それでも救われたのは、スタッフがみんな良い人なんで「絶対に音楽を変えた方がいい」とまで言われることは無かったです。「お客さんがもっとEDMを聴きたいって言ってるよ」とか「ジャンルが全然違う曲を望んでるよ」とか、お客さんの反応に関してはコメントをくれて。でも、今やっていることは必ず上手くいくっていうのはわかっていたんで、そこに関しては譲れないというか、死守しましたね(笑)。あそこで方向転換すると、一瞬お客さんが入るようになっても、長い目で見たときに行き詰まるのがわかっていたんで。僕らがやっていることがマーケットに求められる時期が必ずやってくるっていうのはありました。

    DJcity : チーム内で、状況に左右されて、ブレてしまう瞬間は無かったんですか?

    DJ Braize : そこに関しては全然ブレなかったですね。完璧に全員が同じ選曲をするわけじゃないですけど、目指している先は一緒だったんで。同じ船を漕いでるんです。それでもみんなに個性はあるわけで、個性まで同一にしちゃおうって言うのは、それは違いますよね。

    DJcity : メンバー間でプレイリストについての意見交換はするんですか?

    DJ Braize : することはありますけど、僕が結構こだわっているのは、その人の個性を大切にしたいっていうのがありますね。DJって、どこか自分の心地良い感覚、好きな方向性に揃えて近づけたがるものだと思うんですよ。でも、僕は人と自分が違う事を大切にしたいんで。勿論、自分の中では「これはあんまりカッコ良くないな」とか、そういう感覚はありますけど「カッコ良くない」って思えることも大事なんで。これに関しては自分で音楽を作るようになってから考えるようになったんですけど、全部を揃えて一緒にしちゃうと、最終的に平坦なものになっちゃうんですよね。それこそ一番つまらない状態ですよね。それに、客観性を持って見ることも大事で、否定する考えが自分の中にあっても、まずはそれを聞き入れてみる。そこから何かを理解する。音楽を作るようになって、そういう物事の考え方がようやくわかって、それは、個性の大切さだったり、自分と違う事を理解するっていうことですよね。それをDJでも実行していきたいっていうのがありますね。

    DJcity : オープンから1年半が経過して、毎週、長蛇の列が出来るナイトクラブになった現在ですが、今後も状況は変わっていくのだと思いますが、ここから先の展開はどういうことを考えていますか?

    DJ Braize : 1つ言えるのは、僕らがBillboardチャートをいじることは出来ないんで、それはつまり、お客さんが聴きたい曲を変えることは難しいということですよね。「これがいいから、これを聴け!」っていうスタイルは難しいと思うんですよ。欧米の外国人はBillboardチャートにランクインしている曲を聴いている人もいるし、アジア圏のお客さんはEDMをメインに聴いている人もいる。それらの好みを変えることは難しい。だから、音楽の部分は、現状のスタイルからそこまで変えることはせず、エンターテインメントの部分を切り替えていくことに集中したいなと。本当はもっと早い段階でそこに着手したかったんですけどね。今ようやく、そこの部分を考えています。

    DJcity : エンターテインメント?

    DJ Braize : 今までやってきたことは、音楽があって、お酒があって、ホスピタリティーがある。それらの質を強化していくのは当たり前のことなんですけど、ここ5年、10年先は、そこに対してのアプローチにもうひと工夫が必要だと。単にダンサーを入れるとか、そういう話でも「ダンサーをどんな感じで入れるの?」という具合に、もっと細かい部分に入っていく。CO2のガスもそうですよね。一昔前には存在しないものですし、特効(特殊効果)なんて無かったですし。10年以上前に海外に行った時に、シャンパンボトルに花火を付けていたのが衝撃で。今だとそんなのどこのクラブでも当たり前の風景ですけど、当時、日本のナイトクラブはどこもそんな装飾はしていなかったと思いますね。僕はそういう細かい部分のエンターテインメントを強く推奨していて、やっぱり盛り上がってる風に見えたりとか、エンターテインメントの一部として、見え方も大事なことだと思います。音楽とお酒があって、ちょっとナイトクラブに遊びに来た人にはそれで充分なのかもしれないですが、視覚的にも何かを与えたいなって。それがLEDだったり、色んなパターンがあるとは思いますが、今あるものよりも、もうちょっと、幅が広い視野で考えてみるのもいいなと思ってます。

    DJcity : 音楽的な総括を超えて、新しいことに動き始めている感じですね。

    DJ Braize : いや、やりたいんですけど、実際は、こういうアイデアって、なかなか受け入れられてない状態です。でも、そこもしっかりやることが出来れば、かなり良いクラブになるっていう自信がありますね。

    DJcity : a-lifeの今後の展望を教えて下さい。

    DJ Braize : 欧米やアジア圏の人々に、東京のa-lifeをもっと知ってもらうという目標もありますけど、それ以上に日本の中でもっと知ってもらいたいと思います。お客さんが入っている状況ですけど、毎週僕が見ていると、狭いマーケットの中で、決まった人達が遊びに来ている印象もあって。例えば、a-lifeを知っている人が1万人いるとしたら、1万人の中でグルグル回っている。今はこれでいいんですけど、長い目で見ると、後々厳しいことになってくると思うので、単純にもっと沢山の人に知ってもらいたいっていうのがあります。Instagramのフォロワーも少ないですし、それって現状に対する結果だと思うんですよ。フォロワー少ないけど、お客さん入ってるし、いいじゃんっていう声もありますけど、さっきも言った、狭いマーケットの中で、皆さんに来てもらってる状態なんで、もっと広がっていく必要はあると思いますね。ナイトクラブとしてのクオリティを評価されて、今のお客さんに利用してもらっていることは紛れもない事実ですけど、それでも、もっと多くの人に知ってもらうことは重要だと思うので。

    DJcity : 確かに多くの人に知れ渡ることは、ポジティブなことだと思いますけど、でも意地悪な意見になっちゃうけど、メジャーになると、それまでのフォロワーを失う可能性もあるっていうのは、どう思いますか?

    DJ Braize : 全然それでもいいと思っています。批判はどんな時もあると思うんで。逆に批判を怖がっていると、前には進まないんで。幸いな事に、これまで沢山の人の支持を取り込めたけど、この中から1人も帰したくない。そういう心境は理解しますけど「1人も帰したくない」は難しい話ですよね。醤油ラーメンの味に評価があるラーメン屋で、人気の醤油ラーメンの味を変えないっていうのに似ていて、人気の本質は変えずに、話題になるにつれ、より多くのお客さんに来てもらって、100人中、2人にとって辞められない美味しさなるのであれば、その1/50を溜め込んでいく感覚ですよね。

    DJcity : なるほど、次のステージに到達するための犠牲は必要ということですね。実際に日本国内での知名度を確かなものにする施策というのは何か考えていますか?

    DJ Braize : 単純にソーシャルネットワークが大切だと思ってます。そこに対するアプローチの方法は色々あって。ゲストDJを呼んだり、外に対して見える部分ですよね。写真1つにもこだわって、より多くの人の目を引くようなことをソーシャルネットワークで展開していかないとダメだと思ってます。僕の周りでも、a-lifeで今どんな音楽がかかっているのかを知らない人だっていますし。良い意味でも悪い意味でも、ソーシャルネットワークに頼りっきりの時代なので、僕らのやっていることを伝えるのにも、画面で見るフライヤーでしか伝えられない。地方もそうですし、海外に対してもそうですし、今のa-lifeで何のジャンルの音楽がかかっているのか、業界の人から一般のお客さんまで、上手く伝わってない部分はあると思うんです。例えば、ラッパーを呼んだらHip Hopがかかる。それだけでわかりますよね?ラッパー呼んでるのにEDMのパーティーってありえないじゃないですか。なので、一発で「このジャンルで、こういうパーティーをやっているな」っていうのが伝わる、どんなゲストを呼ぶかっていうところですね。

    DJcity : 確かに私達はa-lifeに行っているんで、どんな音楽で、どんなクラウドなのか理解しているけど、行った事がない人々にとっては、全く想像出来ないですね。

    DJ Braize : 初めてニューヨークに行った時が、正にそんな感じでしたね。フライヤーを見ても、どんなパーティーか全くわからなくて。でも、最近はCalvin HarrisがDJとしてクレジットされているフライヤーがあれば、それだけでどんなパーティーかわかるじゃないですか。その情報で「これは遊びに行こう」「逆に、別なクラブに行こう」っていう判断が生まれると思うんで。

    DJcity : でも、今言ったような、DJやラッパーというアーティスト主体のイメージ付けをすると、日ごとの特別なジャンルのイベントとしての印象が強く残ってしまうよね?

    DJ Braize : それに関しては、ある一定のラインを設けたいと思ってます。「ラッパーも入るし、Diploも入る」っていうような絶妙な感じを作り出せれば、バランスが取れてきますし、バランス感覚の良さがa-lifeのイメージとして看板になってくると思うんです。これもラスベガスに行ったときに感じたんですけど、Hip Hopを聴く人も、EDMを聴く人も、Billboardに入ってくる曲は、どちらも聴いているんですよね。ある程度流行っている曲だったら、誰でも知ってるんですよ。そもそも、至る所でジャンルの話をするのは日本人だけですよね。極論ですけど、僕ら「Mr.ChildrenはRockだよね」とか言ったりしないじゃないですか。そんな話が会話の中で出てこないですし。バランスは重要ですけど、ジャンルのイメージに関しては、僕はあまり気にしないですね。

    DJcity : とは言っても、パーティーの設計図と、店舗の売上という、採算っていう部分の調整は付いてまわりますよね。

    DJ Braize : そうですね、ナイトクラブ業界の難しいところは、目に見えない部分への投資をどう捉えるかっていう所ですよね。例えば外国人アーティストをブッキングしようとなった時に、必ず言われる一言目は「採算は取れるのか?」っていうところですよね。「200万円の経費をかけてゲストを呼んで、その晩の売上にプラス200万円以上を見込めるのか?」っていう考え方があって、こればっかりは蓋を開けてみないとわからないですし、厳しい面もあると思います。でも、その日の売上に跳ね返ってこなくても、その日、初めてa-lifeを知ったお客さんは普段より多いでしょうし、普段から来ているお客さんも、特別なゲストが来る日のパーティーには友人を誘ったりもするでしょうし、その際にソーシャルメディアが情報共有のツールになりますし。多くの人がソーシャルメディアでa-lifeを話題にすることで、フォロワーも増えて、a-lifeの発信力も強くなっていきますし。すぐ目には見えてこない効果ですけど、長いスパンでは支えになって来るものだと思います。とは言っても、なかなか汲み取ってはもらえない意見ですけどね。

    DJcity : それは「業界あるある」ですね。数字とプロモーションという天秤。

    DJ Braize : そうなんですけど、でも海外ではこういうビジネスのやり方って、もう既に確立されてるじゃないですか。

    関連: 横浜DeNAベイスターズのSound DJをつとめるDJ RAM

  • 横浜DeNAベイスターズのSound DJをつとめるDJ RAM

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    湘南出身で横浜と東京でマルチジャンルをプレイするDJとして活動するDJ RAM。今シーズン惜しくも優勝は逃したものの大健闘した横浜DeNAベイスターズのホームスタジアムでSound DJとしてつとめている彼が、その役割や重要性を語ってくれました。

    DJcity : ベイスターズのスタジアムでDJをやっているけど、具体的にどういうポジションで仕事をしてるんですか?

    DJ RAM : 横浜DeNAベイスターズのスタジアムSound DJっていうポジションですね。

    DJcity : どんな経緯で横浜DeNAベイスターズのSound DJになったんですか?

    DJ RAM : もともと僕の先輩がこの仕事に関係していて、その紹介で最初に関わり始めて。始めは補佐という形で1年間やって、2年目からは引き継ぎみたいな形で、僕一人でやるようになって、今に至る感じですね。

    DJcity : Sound DJって具体的にどんな仕事内容なんですか?

    DJ RAM : 簡単に言ってしまうと、全体のサウンドプロデュースですね。と言うのも、スタジアムで流れる全ての音楽を現場リーダーと僕できめているんで。横浜DeNAベイスターズの球場では、全部DJが音楽を出しているんですよ。試合の2時間前くらいに開場して始まるんですけど、まずそこから音楽をスタートさせますね。それと、選手の登場曲とか、試合中のメンバー交代とか、演出の部分とかも含めて、球団との話し合いで決めているんで。横浜DeNAベイスターズが試合に勝った場合は、試合終了後に花火を上げるんで、1分から1分半の尺で、事前に僕が選んだ曲を渡しておいて、照明さんや花火の担当者と擦り合わせをして盛り上げたりしてます。とにかく、球場の音楽に関することは全て担当しているという感じですね。

    DJcity : それって使っているのはターンテーブルとかCDJなんかのDJ機材ですか?選手入場曲とか、野球ならではの演出とか、専用の機材が球場にあるんですか?

    DJ RAM : 僕は全部ターンテーブルっていうか、SeratoのCDJのセットで全部やってますよ。選手の登場曲も含めてDJのセットで音楽を流してますね。

    DJcity : ナイトクラブのDJとは色んな意味で違ってくると思うけど、野球場でDJをする1番の面白さって何ですか?

    DJ RAM : まず、横浜DeNAベイスターズが凄く人気があるチームで、12球団の中で最もチケットが手に入りにくい状況なんですが、平日にファンが3万人に入るんですよ。試合直前の盛り上げタイムは、ガンガンDJをやるんで、ナイトクラブとは完全にキャパが違うところが面白いですね。音楽のジャンルに関しても、横浜DeNAベイスターズにお話をもらった当時から「洋楽にしなさい」って言われていて、球場の全体イメージを洋楽でという指示で。他の球場にも勉強のために視察に行ったんですけど、やっぱり他の日本の球場は、邦楽Popが流れることが多いですよね。勿論、選手の登場曲で、その選手から邦楽Popを指定された場合は邦楽をかけますけど、演出だったり、DJプレイっていう部分では、横浜DeNAベイスターズは全部洋楽なんですよ。Rockだったり、Hip Hopだったり。最近、横浜DeNAベイスターズの選手が気に入ってるのはLatinですね。

    DJcity : どうして横浜DeNAベイスターズは洋楽中心の方針になったんですか?

    DJ RAM : 球団として、とにかく、お客さんに楽しんでもらおうというコンセプトが根底にあるんです。単純に野球の試合を観に行くのではなくて、ボールパークを楽しんでもらうということですね。野球を観るだけじゃなくて、遊びに来る感覚の、エンターテインメントの会場にしようというアイデアがベースにあって。そのコンセプトの中で、音楽も当然エンターテインメントの一部なんで、DJに任せようという話が上がったみたいで。演出に関しても、例えば音楽と花火は、毎回一緒に盛大に上げようとか、DeNAが一気に球団の方針を変えたタイミングで、丁度良くDJのポジションが僕にまわってきた感じですね。お客さんを楽しませるっていう、当たり前のアイデアですけど、実際に5000人しか来ていなかったスタジアムが、今は3万人の来場ですからね。凄いことだと思います。

    DJcity : そのポジティブな結果に、少なからずDJ RAM効果が出ているってことだね。

    DJ RAM : そうですね(笑)。

    DJcity : ところで、さっき言っていたLatinがお気に入りっていう話ですが、どうしてLatinなの?

    DJ RAM : 流行っているっていうのもありますけど、単純に選手がLatinミュージックを好きなんですよ。そっち系出身の選手も多いですからね。

    DJcity : 選手の入場曲って選手から指定されるものなの?それとも相談されたりもする?

    DJ RAM : それは選手によりますね。DJに任せるって言ってくれる選手もいますし。白崎選手は僕のところに来て「なんかいい曲ないですかね?」みたいな相談もくれましたし。「みんなが歌える曲がいいと思うんだけど、何かそういうのでないですか?」っていう要望を聞いて、僕が曲を決めました。

    DJcity : 「どんな音楽?」っていう部分に対して、まず、音楽自体をプレゼンするところから始まると思うけど、どうやって選手や関係者に音楽を聴いてもらっているんですか?

    DJ RAM : ミックスを作って、それを渡したりしてますね。それと、開場前の時間帯があるんですけど、選手がグラウンドで練習している時間なんですね。そこは僕が作ったミックスを流してますね。それを聴いた選手が「今日のミックスの、あの曲なんていうの?」みたいに聞いてくるパターンが結構多いですかね。他にも色々と試行錯誤があって、例えば、横浜DeNAベイスターズのクローザーの山崎選手は、Zombie Nationの曲を使っているんですけど、イントロが長いんで、イントロ部分をカットしたエディットバージョンを使ったりしてますし。山崎選手の「康晃ジャンプ」って球界で有名なんですけど、あそこの曲もエディットしてあって、あるタイミングで全員が一斉に歌い出して盛り上がれる、そういう工夫とか、編集は結構入れてあります。

    DJcity : DJ RAM発信の音楽的な提案が通ることもあるんですか?

    DJ RAM : ありますね。結構大きな提案だと、横浜DeNAベイスターズの年間を通したテーマ曲っていうのがあるんですね。球団の方から「誰かアーティストを紹介して欲しい」と頼まれて、どういうアーティストを探しているのかヒアリングして。それまでの感じでいくと、日本の有名Popアーティストに依頼をするという流れになると思うんですけど、僕的には横浜って港町じゃないですか?そういう背景もあってHip Hop文化が根付いてきた経緯もあるんで「Hip Hopのアーティストにしましょう」っていう話になって、OZROZAURUSに曲を依頼する流れになりました。企画提案から、アーティストへの依頼まで、全部自分でやりました。依頼をした後も、どんな曲にするのかと言う打ち合わせもあって、完成したのが今年の初めだったんですけど、自分が横浜DeNAベイスターズに提案をして、しっかり形に出来た案件ですね。12球団の年間テーマ曲にHip Hopアーティストが起用されたのは初めてですし、スタジアムで生ライブもやってもらいました。

    DJcity : DJというキャラクターや才能がしっかり活かされた音楽演出ですね。

    DJ RAM : そうですね。これからもっと、こういう仕事が一般的に広がっていったらいいなと思います。アメリカだと、プロスポーツチームにはDJがいて、DJが音楽全体の演出をプロデュースしていくのが普通だと思うんですよ。音響さんじゃなくて、DJがするっていう。そこに日本で一番最初に目をつけたのが、横浜DeNAベイスターズで、たまたま僕にオファーをしてくれたという話ですけど、横浜DeNAベイスターズに限らず、どの球団にも、どんなスポーツチームにも、DJや音楽を含めたエンターテインメントが浸透してくれればいいなと思います。

    DJcity : 今回は残念ながら、横浜DeNAベイスターズはファイナルで優勝を逃してしまいましたが、優勝を想定した演出の話し合いはあったんですか?

    DJ RAM : 細かな曲までは決めていませんでしたけど、準備をしなければという話は出ていました。

    DJcity : 優勝パーティーの絵で、DJがいるのはあまり見たことありませんが、横浜DeNAベイスターズだったらありえますよね?

    DJ RAM : そうですね、それはあったかもしれないですね。でも、今後パーティーがあるんですよ。横浜DeNAベイスターズのファンクラブ限定なんですけど、200~300人規模のホテルでのパーティー会場で、1年間応援ありがとうございましたという挨拶も含め、選手との交流をする場なんですが、そこの会場では僕がDJをやりますよ。

    DJcity : DJの仕事を通して、選手とも仲良くなったりしますか?

    DJ RAM : 横浜でDJをする時には、選手がクラブに遊びに来てくれることはありますね。でも、プロ野球選手なんで、スケジュールもハードですから、東京の現場でDJってなると、遊びに来てもらうことは難しいですけど。横浜DeNAベイスターズは選手がみんな若いんですよ。平均年齢も25-26前後で。やっぱり、みんな音楽が好きですよね。それに海外から来ている選手は、ナイトクラブよりの選曲を好みますよね。凄く嬉しかったことが1つあって、試合前の時間帯でDJをする時に、Hip-Hop、Rock、Reggaeとかを中心にかけるんですけど、相手チームの選手が「ここの音楽は誰が担当してるの?」って球団を通して聞いてきたんですよ。最近だとヤクルトのValentine選手とか「ここのスタジアムDJが入ってるよね?ライブミックスだよね?DJ誰なの?」っていう感じで、僕がやっていることが、内情を知らない相手球団の選手にも伝わっているのが嬉しかったですね。「来年はヤクルトに来てくれ!」って言ってくれて(笑)。本当にみんな音楽が好きなんだなって感じましたね。

    DJcity : ナイトクラブのDJと違って、チャレンジだと感じるところはありますか?

    DJ RAM : 球場に限らず、ナイトクラブにも言えることですけど、やっぱり選曲をあまり突っ込めないっていうところですかね。演出の音楽に関しては、一般的なお客さんが理解出来る洋楽を中心にしてますけど、DJプレイの際には、ある程度、僕が好きな選曲で、自分の色を出してはいますけどね。

    DJcity : 試合前の、選手の練習時間はどんな感じの選曲なんですか?

    DJ RAM : 試合前の練習時間はLatinの曲を使ってます。ホームゲームの時は毎回決まったLatinoの2曲を使っていて、ルーティンのウォーミングアップがあるんですけど、みんな踊りながら、2曲で6分間くらい、踊りながらウォーミングアップするんです。ロープを引いて、その曲にパッと切り替えると、選手はそれを聴いて次の動きに移る感じですね。最初、トレーナーから「毎試合ウォーミングアップの時間には、同じ曲で、全員踊りながらウォームアップするようにしたい。楽しい空気感を作りたい。」って相談されて。毎回、試合前にやっているので、お客さんにも浸透してきてますよね。結構キャッチーな曲なんですけど、それでも日本のプロ野球チームが、毎回必ずこの決まった2曲をウォーミングアップルーティンに使うっていうのは、他の球団ではないと思いますね。

    ウォーミングアップ曲
    Charly Black & Luis Fonsi – Gyal You a Party Animal (Remix)
    Marc Anthony – Vivir Mi Vida (Versión Pop)

    DJcity : 選曲のアップデートの頻度ってどのくらいなんですか?

    DJ RAM : 今期だと、日本シリーズに入った際に変更しようという話になりましたね。日本シリーズではRock調の「これから戦うんだ」みたいな雰囲気の曲にしました。それまでは踊れるとか、ハッピーな曲が多かったんですけど、球団のスローガンも「This is my era」から「Our time is now」に変えて、それに合わせて球場の雰囲気も変えていこうという話をして、Rockの強い感じを中心にアップデートしましたね。

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    関連: ALAMAKIが自身のキャリア、そしてパーティーやDJに対しての考えを語る

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  • DJ SpiTeがDave Eastとの出会いや、ニューヨークで経験した事について語る

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    Dave Eastのジャパンツアーで彼のバックDJを務め、NYで多くのラッパーと交友関係を持つDJ SpiTeにDJcity JapanのYukiとDJ OKIでインタビューを行いました。彼はAbemaTVのHip-Hopチャンネルにて行われているAbema Mixにも出演中です。

    Dave Eastと出会ったのはいつなんですか?

    DJ SpiTe :
    去年の2月に呼んだ時だね。

    Dave Eastの日本ツアーでバックDJをされたということですか?

    DJ SpiTe :
    そうだね。2公演だけなんだけど、突発的に決まって。本当は当時のマネージャーもDJが出来るから、音源を持って来てて。でも一発目の東京のライブの5分前に「やっぱり、誰かDJやってくれ」という状況になって。その時、俺がDave Eastの曲だけで彼のJapan Tourのプロモーション用ミックスを作っていたのは知られていたから「お前がやれよ」ってマネージャーに突然言われて決まった感じだね。

    Dave Eastとはコミュニケーションは取れたんですか?

    DJ SpiTe :
    ライブの前に、色んな店回りとかも一緒にいたから、簡単な英語で会話はしてたよ。ライブDJをやることが決まってからは、改めて自己紹介して、セットリストを作ったりとかしたね。

    その後、SpiTeさんはNYに行かれたじゃないですか?それはDave Eastきっかけだったんですか?

    DJ SpiTe :
    Dave Eastきっかけで、向こうのストリートのラッパー、俺らがDave Eastを呼んだ当時よりも、もう少し知名度の低いラッパーからDMが来たり、ミックステープを聴いてくれという連絡なんかを頻繁にしてて。自分もそいつらのことはチェックしてたから、リンクしたくて行った感じかな。ESTAギリギリまでいてやろうと思ったね(笑)。

    どのようなラッパーから連絡が来たんですか?

    DJ SpiTe :
    マニアックになるんだけど、ハーレムにいるUFO FEVっていうTerror SquadやRoc Nationにも入った奴とか。あと、俺の一個下の奴でLex Lavoっていうイーストハーレムの。そいつはDave Eastとも曲をやってるから知っていて、そういうストリートで活動していて、まだ何処ともサインしていない奴らから連絡があったかな。

    向こうでは何処に住んでたんですか?

    DJ SpiTe :
    一番最初はブルックリンのパークサイドアベニューっていう、プロスペクトパークあたりだね。最初の一ヶ月が終わってからクイーンズブリッジで知り合った奴がフラットブッシュアベニュー(Flutbush Ave)の方に住んでて、そこで二ヶ月一緒に住んでたよ。

    生活面で苦労した経験はありますか?

    DJ SpiTe :
    とにかくお金かな。最初の1ヶ月くらいは遊ぶ金もあったけど、本当に切り詰めないといけない状況にもなったし。あとは、飯かな。最初の1ヶ月ずっと飯が合わなくて、お腹を壊していて。慣れてしまえば大丈夫だったんだけどね。飯はまずいと思わなかったけど、単純に身体に合わなかったというか。

    エリア的に黒人社会の地域だと思いますが、日本人が突然住み始めて、トラブルに巻き込まれるなどの経験はありましたか?

    DJ SpiTe :
    クイーンズブリッジより治安は悪かったけど、特にトラブルはなかったかな?クイーンズブリッジあたりは公営団地だったから、おじさま世代の奴らとかは「お前何しに来たんだよ?」みたいなのはあったけど、最終的にはみんなピースに接してくれたよ。

    日本では経験できないエピソードは沢山あると思いますが、印象に残ったことを教えてください。

    DJ SpiTe :
    音楽的な経験でいうと、向こうのラッパーと一緒にスタジオに入って、Recの様子を見たり、エクスクルーシブのドロップを録ってもらったり、とにかくみんなレコーディングが凄く早い。だいたい1バース1テイクで「ハイ出来上がり!」っていうラッパーが多い。Dave EastもUFO FEVもそんな感じだね。制作が凄く早い。

    色々なラッパーのレコーディングスタジオに行ったのですか?

    DJ SpiTe :
    スケジュール的にみんな予定が詰まっていたから、1人1回くらいか。それ以外にも一緒に遊びに行ったりして。生活面でいうと、クイーンズブリッジには毎日いたけど、俺も日本の団地で育ったんだけど、とにかくみんな1日中外にいる。ずっと外で酒飲んだり、チルしたり、俗にいう低所得者層だと思うんだけど、とりあえず全員Hip-Hopの話ができるし、凄く生活に染み込んでると思ったね。

    日本と比べてHip-Hopを聴いている人の割合が多いと。

    DJ SpiTe :
    それは勿論だし、むしろ、別に全然「聴こう」としていなくても「聴こえてくる」みたいな感じだよね。英語があんまり話せない、Hip-Hopにも興味がなさそうなスパニッシュの父ちゃん世代のホームレスみたいな奴らも、みんな外にスピーカー持ち出して、音楽を聴いてるから、去年バズったYoung M.Aの”OOOUUU“とか本当に老若男女みんな覚えるんだ。

    嫌でも耳に入ってくる環境ということですね?

    DJ SpiTe :
    Young M.AとA Boogie Wit Da Hoodieは、街を歩いているだけで嫌という程聴いたね。走っている車とかも、それしかかかってないんじゃないか?ってレベルで徹底的に聴かされたね。

    今アメリカ全体で見たらTrap系のHip-Hopが流行っているという流れになっていると思うんですが、実際のNYではあまり流行っていないんですか?

    DJ SpiTe :
    そんな事はないかな?普通にストリップクラブに行ったら超かかってるし、みんなも聴いてるし。だけどNYでは、NYらしいラッパーっぽい曲もちゃんと大事にされているし、そういう土地柄だから、少なからずTrap嫌いな人もいるよね。オールドスクールが好きって言う奴もいるし。「今の若い奴らの音楽は聴けない」って言うオヤジ世代の人は少し多いと思うね。

    実際向こうで交流のあったラッパーは若い世代だと思うんですけど、そういう人たちはTrapのトラックでもラップしていたんですか?

    DJ SpiTe :
    自分の年下世代は結構そうだったかな?今のMuble Rapというか、そういう感じのビートでもラップするみたいな感覚は、結構若いやつらの定番だったね。どっちもやる人が多いかな?Joey Bada$$が出た事はBoom Bap(※おもにキックドラム、スネアドラム、ハイハットを組み合わせで構成される、ヒップホップのスタイル)に偏ってたけど、New Yorkの2000年代のGangsta RapもTrapもやるっていうスタイルだね。

    どちらかがヒットすれば良いという考えなんですかね?

    DJ SpiTe :
    ん~、歌えるラッパーが増えたっていうのも大きな理由の1つだと思う。

    Dave East & DJ SpiTe (写真提供: DJ SpiTe)

    向こうで過ごしている期間で、メジャーなラッパーには会えたんですか?

    DJ SpiTe :
    あんまりコンサートに行く機会って無かったんだけど、でもDJは結構見たよ。 Funkmaster Flex、Camilo、SussoneとかNYのDJは沢山見たよ。

    クラブに行って日本とNYの違いって何がありますか?

    DJ SpiTe :
    当たり前だけど、バズってる曲は全員歌えるし、それが大合唱になるところが凄いと思うよね。わかりやすい例えだと”OOOUUU”の大合唱部分がすぐ分かったね。”You call her Stephanie? I call her Headphanie” の部分とか。

    新譜が出ると、みんなすぐにチェックする感じなんですか?

    DJ SpiTe :
    いや、多分そんな事はないのかな。少し時間差は感じたかな。A Boogieとかは、NYでバズる前からチェックしてて、DrakeFutureがマディソンスクエアガーデンで連日コンサートをやってて。1日目のA Boogieが前座を担当して、そこからバズって皆「My S#it」とかを聴くようになったんだと思う。やっぱり有名になるきっかけは何かしらあると思う。Young M.Aとかは着いた日に見たけど、その時点ではあんまりバズってなくて、でも1ヶ月経ったらみんな大合唱みたいな感じだったね。

    日本とアメリカじゃやっぱり流行る時間に差はあるんですか?

    DJ SpiTe :
    そうだね、遅いと思う。まずアメリカでストリートヒットになって、ラジオのDJが拾って、それをかけてから日本で流行るパターンが、NYの曲では多いと思うな。

    昔から続いている状態が変わらずですね?

    DJ SpiTe :
    そうだと思うね。時間差は多分あると思う。かけているDJがいても、お客さんは知らないんだと思う。Fetty WapのTrap Queenとか流行るのすごく遅かったでしょ?出てから半年から1年経って、日本で流行り始めたし、本当そういう事だと思う。

    日本に帰ってきてから感じたことってありますか?

    DJ SpiTe :
    圧倒的に日常生活の中でHip-Hopの話が減ったよね。向こうで一緒に住んでいた奴も、Hip-Hopオタクみたいな奴だったっていうのもあるけど、日本に戻ってそういう機会が本当に減って、何か喰らった感じはするよね。

    ニューヨークでもDJされてたんですか?

    DJ SpiTe :
    ちょこっとはしたね。

    その時の感触と、日本でDJした時の違いを教えてください。

    DJ SpiTe :
    受け手が外国人だとワードプレイが結構ウケるけど、日本は皆スルーするよね。この前、DJ KANGOさんがワードプレイでクイックで3曲くらい繋いでて凄いアガったんだけど、そうゆう時日本人のお客さんは外国人のお客さんに盛り上がりで負けてる時あるよね。

    やっぱり言語の壁はまだまだあるなと感じますね

    DJ SpiTe :
    あると思うね。言ったらOT GenasisのCoCoとかみんな歌うけど、内容に関してはあんまり理解していない人が多いかなみたいなパターンじゃないかな。

    ニューヨークの話に戻るんですけどラッパーの人たちと遊んだりスタジオとか行く中で、実際ラッパーの人たちが歌っている内容とかって実際その人たちのライフスタイルを表現していると思うんですけど、日本にいたらそういうのがわからないじゃないですか?実際向こうのラッパーの歌詞を聴いて「コイツはこんな環境で育ってきたんだ!」とか「こんな悪いことをしてきたのか?」みたいな人はいましたか?

    DJ SpiTe :
    ん~、でも少なからずエンタメの部分はあったと思うよ。日本よりはハードな環境だから、ある程度はライフスタイルに基づいているとは思うけど。でも、Dave Eastとかだと、フリースタイルで楽曲の中に自分のHomie(仲間)が出てくるし、そういう意味ではライフスタイルに基づいているんじゃないかな。

    実際、Dave Eastはどんな人でしたか?

    DJ SpiTe :
    女の子からしたらキュートだと思われるキャラだと思う。スタジオ行く時に俺も凄く緊張したんだけど、閉鎖されている空間に取り巻き7~8人と一緒に入って、突然Dave Eastに「Spiteお前は俺の隣に座れ!」って言われた時が一番緊張したかな。そこで未発表音源とか色々聴かせてくれて。あとDave Eastに自分の楽曲を聴かせにくる奴とかいるわけよ。Daveの友達の後輩とか、本人の前でラップしたり。それをDave Eastはゆったりしながら聴いたりとかね(笑)。でも、スタジオを遊び場にしている感じだよねあいつらは。Recがない時でもとりあえずスタジオに集まって、最近録った音源のリスニングセッションみたいなことをやって。あれくらい稼いでるラッパーはみんなそうしていると思う。

    一緒に聴いている人たちっていうのはDave Eastとどういう関係なんですか?

    DJ SpiTe :
    マネージメントチームの奴ら、あと何らかの形で彼をサポートしてる奴とか。ギャング時代の友人とか、従兄弟とか。みんなで飯食って、酒飲んで、吸って、意見を交換し合うみたいな感じだね。まだ全然出てない音源もあると思うよ。色々聴かせて貰ったけど、Jeremihとやった音源とかもまだ発表してないし。

    ※パート2は近日公開予定です

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    関連: メジャーリーグ”LA Dogers”オフィシャルDJのDJ Severe

  • DJ RINAがRed Bull 3Style Japan Finalにて優勝し、その想いを語る

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    DJ RINA. (Photo source: Red Bull Content Pool)

    先週末開催された2017年Red Bull 3Style Japan FinalでDJ RINAが優勝しました。会場は札幌のKING XMHUで行われ、6名のファイナリストと競い、女性DJとして初のチャンピオンとなりました。その優勝直後の彼女にDJcityがインタビューしました。優勝した喜びや優勝するまでの苦難を語ってくれました。

    優勝おめでとうございます。今の気持ちを聞かせて下さい。

    DJ RINA : この後、World Finalがあるので、そこまで喜んじゃいけないのかもしれないですけど、でも本当に、本当に嬉しいです。Instagramで今日のFinalの告知をした時に「三度目の正直」って言いたかったんですけど、ちょっと控えめにしたんですよ。本当に今回三度目の正直だったので。本当に、やっと勝てて良かったと思ってます。

    3年前からの悲願の優勝ですね。三度目の正直とは言いつつも、優勝するまで、ずっと挑戦する気持ちでしたか?

    DJ RINA : 死力を尽くしました。本当にそれくらいの気持ちで今回は挑みましたが、出来上がったルーティーンを練習している時も、昨日の段階でも、100%の自信にまでは達していなくて。でも、ライブストリーミングで色んな国の人が見ている中で、世界に残るようなルーティンにしようと思って。これだったら負けても悔しくないっていうルーティンにしようと思って作りました。世界中で見ている人達に「なんか1人だけちょっと違うぞ?」って感じて貰いたいと思ってました。

    精神的にもギリギリのところで戦ったという感覚ですか?

    DJ RINA : はい。もっと言うと、予選のビデオエントリーの時点から凄く悩んで悩んで。ビデオエントリーの締め切りが5月30日で、去年と同じ後輩のDJの子に動画を撮って貰ったんですけど、5月30日にスタジオを7時間くらい予約して、練習しまくったんですけど、全然上手くいかなくて。結局、朝方になって「どうする?RINAちゃんが納得いくなら、これで出してもいいけど・・・、納得いかないなら撮り直してもいいと思うし・・。」という話をしていた丁度その時に、エントリーの締め切りが1週間延びたんです。これは「私の為に延ばしてくれたんだ!」と思って(笑)。もう1回練習するから、もう1回撮ってもらっていい?とお願いして、締め切りギリギリで間に合わせました(笑)。


    DJ RINA. (Photo source: Red Bull Content Pool)

    優勝した涙がとても印象的でしたね。

    DJ RINA : 普段からよく泣く方なんですけど、練習の時も悔し涙を流しながらやってましたし。でも、トロフィーを持って泣くっていうのを、ずっと想像してました。普段から目指す風景を思い描くことが大事なんだって今回思いました。最後のNo Problemをかけたところで、みんなが盛り上がってワーってなって泣きそうになっている自分を想像していました。

    Japan Finalでのパフォーマンスは自己評価的に満足いくものでしたか?

    DJ RINA : 正直なところ、今日のパフォーマンスとしては全然納得はいってないです。何て言うんですかね、ミスしたところも一杯あるし、スクラッチも全然キレなかったし。でも、大会前から自信を持っていたのは、絶対に誰にも負けないグルーヴっていう部分ですね。グルーヴと曲の構成、選曲、それぞれの長さとか。そこに自信は正直ありました。Red Bull 3Styleだけど、私はクラブDJとして持っているものを表現したいと思って、そこは思い切ってやりました。


    DJ RINA. (Photo source: Red Bull Content Pool)
     
    パフォーマンスが終了した直後に観客の反応等を見て、優勝を考えましたか?

    DJ RINA : それはどうでしょうね(笑)?パフォーマンス中は、ライトでお客さんが盛り上がっているかどうか、あまりわからなかったですけど、みんなが「良かった!」って言ってくれたので、自分がやったことは間違いじゃなかったのかな?っていう感覚はありました。さっきも言いましたけど、ルーティンの中にメジャーな曲をそこまで入れていなかったですし、リミックスも多いですし、動画審査の時からそうでしたけど、そういう部分では確信っていうのは、なかなか持てなかったです。けど、ここ数年の大会を見てRedBullっぽい選曲や構成が決まりつつあるのかな?それをこれからのこの大会は求めてるのかな?と感じる事があって。そこを壊すのって動画審査の選曲で選んでもらえた自分なんじゃないかと思ったんです。誰が審査員で、どういう経緯で選んでくれたのかはわからないんですけど。少なくとも私のルーティンにプラスで加点されて、評価されている部分はソングセレクションだなと考えて、今回はそこの部分で自分らしく勝負をしようと思いやりきりました。ソングセレクションにも、色んな考え方があると思いますけど、盛り上がりやすいメジャーな曲で盛り上げる選曲をしたら、私を選んでくれた人から見ると「結局こうか・・」ってなっちゃうと思ったんで、自分は自分の評価されている部分を信じました。

    初の女性DJの優勝というのは、どのように受け止めていますか?

    DJ RINA : 光栄ですけど、でも私は女性DJだからという意味でこの大会に挑戦したわけじゃないので、DJとして、ちゃんと一人のDJとして優勝出来たことが嬉しいです。

    Japan Final優勝直後で、World Finalに気持ちを切り替えるのは難しいと思いますが、どのように戦いますか?

    DJ RINA : 各国で優勝したDJが集結する中で、私も各国の優勝したDJを見ていますし、それぞれに個性があるので、その中でDJ RINAっていう個性を大事にして臨みたいです。それと、先月スイスでDJをする機会があって、ヨーロッパのトレンドも色々と研究してきたし、気持ちの面では、ホームの様な感じで、挑戦したいと思ってます。

    関連: Red Bull Thre3Style 日本のファイナリスト

  • ALAMAKIが影響を受けたDJ A.M.について、今後のDJシーンについて語る

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    DJ ALAMAKI at Club Harlem. (Instagram: @clubharlem)

    常に最先端を追いかけるDJとして全国で活躍中のALAMAKIにDJcity JapanのYukiとDJ OKIがインタビューを行いました。前回のインタビューでは自身のキャリア、そしてパーティーやDJに対しての考えを語ってくれたALAMAKI。今回は影響を受けたDJ A.M.について、また今後のDJシーンについて語りました。

    ※前回のインタビューはこちらから

    ALAMAKIさんの今のDJスタイルに影響を与えた先輩DJって誰なんですか?

    ALAMAKI : 日本だと、確実に言えるのは、HARLEMの土曜日をやっていた井上くん。そしてKANGOさんとKOYAさん。海外だとやっぱり、DJ A.M.なんだと思う。それはもう、追っかけみたいな感じだったし。

    今でも参考にしていますか?

    ALAMAKI : さすがにA.M.のプレイを頻繁に聴くってことは無くなったけど、彼が生きていた頃は、彼がかけていた曲に影響を受けるってのがあった。でも、A.M.が亡くなってからは、彼のマインドとか、考え方とか、DJのやり方、何をやったのか?そういうところを考えるかな。どの曲をかけたとかじゃなくて、A.M.がやったお陰で、Hip HopのDJが四つ打ちをかけるとか、Rockを混ぜるとか、色んなジャンルをクロスオーバーするのが当たり前になった今だけど、Mark RonsonやStretchもいたけど、やっぱり俺はA.M.が全部ひっくり返したと思ってるから。「絶対ナシ」を「アリ」にした人だから。A.M.に憧れるんだったら、俺は、A.M.がかけた曲を全部なぞるんじゃなくて、もし今も彼が生きていたら、彼が今どんな革命を起こしているのかを考えてDJを続けることが、俺がA.M.に影響を受けた意味だと思ってて。だから、むしろ、常に何かに反発をすることを(笑)。

    A.M.に影響を受けた人って多いよね。A.M.と同じ様な繋ぎをするDJは今も多いけど、現代バージョンのお手本が無くなったから、A.M.のアップデート版を考えると言うのは、なかなか・・。

    ALAMAKI : A.M.がやった事って、お手本となる存在が誰もいない環境で、彼の道を切り開いたわけじゃなですか。A.M.に憧れて、影響を受けたと言うのであれば、彼だけをお手本に5年、10年DJを続けるだけじゃなく、むしろ逆なんだと思います。勿論、彼がやったことを全て勉強するべきではありますけど、それをやった上で、自分だったらこうだよっていうのを生み出すことが、A.M.に影響を受けた人々が進むべき道じゃないかなって思ってます。彼をなぞることを否定する気は全くないですけど、俺が思うA.M.のマインドとは、ちょっと違うのかなと。こうじゃなきゃいけないっていうルールを作る側の存在になってはいけないと思うんで。音楽は自由だっていうところを、表現出来るようにならないと。

    A.M.スタイルのミックスをするのではなくて、A.M.イズムのミックスをするということですね。

    ALAMAKI : そうです。この前、ネットの記事でWALEが、必要性があることは確かだけど、ヒットチャートだけに捉われて全員が同じような曲をかけるのがDJじゃなくて「自分はこう思う、自分はこういう音楽が好きだ」っていうプレイが出来ないDJを、DJとは思っていないみたいな話をしていて。それをDJじゃなくて、ラッパーに言われちゃったなって感じですけど。でも、WALEが言った事って、正しくその通りだと思うんで。かと言って、ヒットチャートを無視して、エゴだけでやるのも違うと思いますし、バランスは絶対に大事なんですけど、自分が良いと思える音楽がゼロになっちゃったら、それはもうAIがDJをやればいいと思うし、物凄いイケメンの立体映像を映して、AIがDJプレイしてるのが完璧ですよね。それこそA.M.のAIをプログラムしてやらせた方がいいですし。でも、俺はミスも人間の良さに含まれると思いますし、トライアンドエラーを繰り返す過程で、機械やルールで縛られた考えの中からは生まれないことが実現出来ると思うんです。何かを成し遂げる人って、普通の人より多くの失敗した経験から、何かを生み出してると思うんで、俺はそんな大きな事は出来ないかもしれないけど、失敗から学ぶ姿勢っていうのは、若い世代に見せていかなくちゃいけないって思ってます。失敗する時は派手に失敗しようかなと(笑)。こんな偉そうなこと言って、来年いきなりBorn Free終わりました~みたいになってる可能性は全然あると思うんで(笑)。

    一同 : (爆笑)

    ALAMAKI : でも、そのくらいでいいのかなって。ビビりながらやるっていうのは、俺が好きな音楽のやり方と違うんで。

    とは言え、昨今のナイトクラブの体制、箱側の考え方とは相反するものなんじゃない?極端な話、クラブ側としては、失敗は嬉しくないし、ホログラムでイケメンや綺麗なお姉さんがDJをやっている映像を流して、それで盛り上がれば、それでいいみたいな?

    ALAMAKI : 少なくとも、俺みたいなDJを使いたいと思ってくれるのは酔狂な人達だと思いますね。でも、今のHARLEMは、そういうのを必要としてくれているとは感じますけど。収益だけを考えてお店をやっているわけじゃないと思うんで、俺を使ってくれているんだと思います。勿論、そこに対して数字を出さないといけないこともわかってますし、皆に生活もあるし、お金は大事ですよ。その上で「お金より大事なものはある」っていうマインドは共有してるんじゃないかと思います。DJもお店側も、全てが完璧ではないので、お互いに改善していくべきところは、1つ1つ進化するべきだと思いますけど、今俺がやらせて貰えている環境では、今言った様な感じで捉えてくれてるのかなと。じゃないと、俺みたいなDJ使わないと思いますし(笑)。

    クラブDJとしての最終目標じゃないですけど、今の一番の目標は何ですか?

    ALAMAKI : 自分一人で達成出来る目標ではないんだけど、大きな目標として、日本のアーティストとかDJ、それこそDJもラッパーも、プロデューサーもダンサーも、世界でもっと活躍できるような土壌を作ることかな。既にHip-Hop以外のジャンルでは沢山いるし、Hip-Hopでも全然いるんだけど、でも、それをビジネスと言うよりは、もっとアートの側面から、楽曲とかプレイが凄いと言われて日本のDJがブッキングされたり、プロデュースするビートがカッコいいとかで評価されるような、そういうアーティストが生まれやすい土壌を作ることが目標かな。それを考えた時に、クラブって絶対に無くなったらダメで、むしろ必要なものだと思ってる。クラブが存続することでシーンの底辺を支えることが出来るのかなと。クラブミュージックがあるから、歌い手だったり、作り手が成立するわけで、世界中でクラブ禁止ってなったら、クラブミュージックを作る人っていなくなっちゃうわけだから。シーンが発展していけるような土壌を作る事。その一端を担えたらなと思う。個人的に自分自身が成功をっていう考えは、ゼロなわけじゃないけど、それよりも、もっとやらなくちゃいけないことがね。自分のアーティスト活動はするんだけど、もっと才能がある若い世代のDJとかが、どんなことでも表現しやすい環境を作るっていうのが、俺らの世代の役割なのかなと・・。今まで先輩達がシーンを作ってきてくれたから、作ってきて貰ったけど、それと同時に、こうじゃなきゃダメみたいな、システム的な見えないルールが出来上がってしまっていて、それを壊すのが俺らの世代で、次の世代、もっと自由な発想を持った人達が活躍できる土壌を作るのが、俺らの世代の役割なんじゃないかなって。そんなに評価される役回りじゃないけど、でも誰かがやらないと、誰もやらないと思うからね。

    これを聞こうと思ってたんだけど、35歳でHARLEMでレジデントを持ってるというのは、若い年齢で素晴らしいことだと思うんだけど。でも、日本のDJのトッププレイヤーが30代というのは、世界的な視点で見ると、全然良く無いと思う。20代でレジデント持って、全国的に人気があるとか、カッコいい事をやってるとか、何故日本からそういうDJが出ないのかな?と思ってて。

    ALAMAKI : それはやっぱり、システムだったりルールだったり、制約とか、暗黙の了解とか・・・。今年も世間では「忖度」みたいなのが盛り上がったけど、やっぱり皆顔色見るし、自分が損してでも、批判を受けながらでも、率先して何か新しいことをやろうって人は、海外と比べたら日本は少ないと思うんだよね。やっぱり行列が出来ているパンケーキ屋とか、ラーメン屋にとりあえず行く文化だし「自分はこうだ!」って主張しづらい風潮がどっかに残ってるのかもしれない。でも、今の20代とか、それ以下の子達って、大人が思っている程そんな風に考えてなくて、だいぶ見えないルールは壊れてきていると思うから、その子達がちゃんと正当に評価されるような土壌に戻すっていうのが、30代くらいの奴らの役割なんじゃないかなと。ここで終わらせたら、シーンに対して俺らは役割を果たせなかったんじゃないかって。

    だから結構、若い世代のアーティストとやってるんですね?

    ALAMAKI : やっぱり、若者が一番大事なんですよ。当たり前の話で、先輩を尊敬してるし、これまで先輩方が成し遂げた功績は本当に称えますし、感謝しています。だからこそ、もっと盛り上げないといけないという意味で、次の世代を盛り上げる作業をしないといけないですし、自分自身のことも忘れずにね。

    ALAMAKI, SHINTARO, Full Crate, MARZY,YUKIBEB,JIRO at Club Harlem. (Instagram: @clubharlem)

    質問がガラッと変わるんですけど、最近お仕事としてA&Rをされていたり、少し前はALAMAKIさんが他のアーティストさんと組んでリミックスを出すとか、そのような活動をされてると思うんですけど、今後もそのような活動をメインに続けていくんですか?

    ALAMAKI : それは続けていこうと思う。プロデューサーになってフェスに出て!っていう考えじゃ無くて、むしろそこはあまり望んでいなくて。だけど、自分がいいなって思う音楽って、もう自分で表現した方がいいのかな?っていう気持ちが大きくなってきて、そうなると自分達で作れるっていうのは、大きな武器になるなと。DJプレイで表現するために楽曲を作るっていうのは、今後も続けていくと思う。バズらせたり、売るってなると、別な話になるんで、そこまでは考えていないけど、自分がDJをやるために必要な曲っていうのは、自分達で作っていくんだろうなと思う。

    着たい服がないから自分で作っちゃうみたいな。

    ALAMAKI : それに近いと思います。でも0から1をやるつもりはあまりなくて、あくまでもエディットやリミックスとかに関しては、DJの方がそういう感覚に長けてる部分があると思うので、そこに関しては、より多くやっていこうと思っています。それをやっていく中で、制作作業が楽しくなって、もっとプロデュースをやってみたいと思ったら、何年後かに今言ってる事と変わってるかもしれないですけどね。今のところは、自分がプロデューサーになろうという気持ちはないですね。あくまでも、DJという自分があった上での制作活動です。

    最近新しい音源を公開していないけど、最近はあまりやっていないの?

    ALAMAKI : 今作ってて、A&R的な仕事を始めてからは自分名義のものとかはやらずに、と言うか、自分のをやれなかった部分もありますし。でも、ようやく再開しようかなと思います。ここ3年位は自分名義のものとしては何もやってなかったですけど、でもこれから増やしていこうと思います。

    ALAMAKIさんのInstagramで、海外の有名なアーティストと写っている写真を見るんですけど。例えばSkrillexとかTroyboiとか。今後は、そのような海外のアーティストとコラボをする予定はあるんですか?

    ALAMAKI : 昔は海外の奴らとやるのは憧れだったし、海外のDJと一緒のパーティーに出ることを目標にしていた時期もあったんだけど「それをやったから何が凄いの?」って感じかな今は。むしろ自分達、日本側のアーティストが、トレードとかの条件じゃなくて、アートの質を評価されて海外に呼ばれる。アーティストとしてクラブイベントでも、フェスでも、しっかりした理由があって呼ばれないと意味がないのかなと思って。勿論、海外の奴らは、俺達が持っていないものを持っているし、色んな刺激をくれるから、一緒に遊ぶのは本当に楽しいんだけど、だからと言って「海外の奴らと同じイベントに出たから凄い」みたいな感覚は全く無くなって。と言うか、むしろ自分の無力さを毎回痛感するだけで。ただ「出てる」だけって感じちゃう時があって、無力さも見えるし、早く俺もそういう力を付けなくちゃいけないって感じるよね。

    本当に珍しいタイプのDJだよね(笑)。

    ALAMAKI : 井上くん、KOYAさん、KANGOさんに「好きなようにやれ」って言われたのを勘違いしてこんな感じになっちゃったんです(笑)。

    でもDJ好きなんだっていうのは、一番伝わるよ。

    ALAMAKI : ありがとうございます。そうですね、DJ好きっすね。DJの練習は大嫌いなんですけど(笑)、DJするのは好きっすね!

    練習するの??

    ALAMAKI : 一切しないですね(笑)。これはインタビューで言う事じゃないし、若者には知って欲しくないですけど、俺の家、タンテもう繋がってないです(笑)。

    一同: えぇええええ(爆笑)!

    ALAMAKI : ごめんなさい(笑)!でも若い子たちは絶対練習しないといけないと思うし、俺はスクラッチ出来ないけど、スクラッチは絶対できた方がいいと思うから、皆頑張ってください(笑)!

    特に若い世代のDJに向けてのアドバイスというか、こうした方がいいというのはありますか?

    ALAMAKI : 説教臭くなりたくないんだけどな・・・。もっと楽しんで音楽を好きになった方がいいと思うかな。SNSが誕生してから、今までなかった形で評価が下される社会になって、やっぱり本質的な部分が見えにくくなってると思うんだよね。インターネットの時代だから、フェスもクラブも、DJもミックスも、映像で見れるし、聴ける様になったけど、でも生で現場で体感するのって全然違うものだから。10代20代の時に、色んな場所や海外に行って喰らった衝撃をガソリンにして今も走ってる部分があるんで、若い世代も、今まで見たことがない場所、本当に凄いパーティー、DJ、アーティストを生で体感して何かを感じるっていうのは、プラスになっていくと思う。そういう経験を実際にすることは大事だと思う。それと、さっきも言ったけど、自分達がカッコいいと思うものを、全力でやること。変にルールに縛られるよりは、失敗した方がいい。失敗から学んで精度を上げればいいのかなと。失敗を恐れてやる5年よりも、失敗してもいいから1年間フルで突っ込んで、それで失敗した方が、自分に足りないものは見えてくると思うから。ガンガン怒られて、ガンガンディスられて、恐れずにやったらいいと思う。今の若い世代のDJって、みんな本当にある程度出来る子が9割で、誰が今後頭1つ越えてくるの?って聞かれると、優劣付けられない程なんで。だったら、3回やって2回はドンスベりするんだけど、1回だけ「めっちゃオモロいなコイツ!」っていう感じの個性はあってもいいんじゃないかと。俺はひょっとしたら、そういうタイプのDJだったかもしれない。そんな俺を、器の大きい井上さん、KANGOさん、KOYAさんっていう先輩達のお陰で、何とかここまでやらせて貰ったんだと思う。

    関連: ALAMAKIが自身のキャリア、そしてパーティーやDJに対しての考えを語る

  • ALAMAKIが自身のキャリア、そしてパーティーやDJに対しての考えを語る

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    DJ ALAMAKI at Club Harlem. (Instagram: @clubharlem)

    常に最先端を追いかけるDJとして全国で活躍中のALAMAKIにDJcity JapanのYukiとDJ OKIがインタビューを行いました。彼は毎週金曜日のClub HARLEMで行われているイベント”Born Free”のレジデントDJ、またAbemaTVのHip-Hopチャンネルにて行われているAbema Mixなどにレギュラーで出演中です。

    ALAMAKIさんがDJを始めたきっかけを教えて下さい。

    ALAMAKI : 最初はDJをやる気は全くなかったんだけど、小さい頃から親の趣味で洋楽のPops、カーペンターズやビートルズ、マドンナなんかのPopsをずっと聴かされてて。中学入ってからは、Rockやバスケをやってたのもあって、Hip-Hopとかもごちゃごちゃで聴いてて、ギターも買うし、Manhattan Recordsに行ってHip-Hopのレコードも買うし、何をやったらいいか分からない状態で、とにかく音楽をずっと聴いてて。

    当時から家にレコードプレイヤーはあったんですか?

    ALAMAKI : レコードプレイヤーはあったけど、ターンテーブルはなくて、親父のレコードプレイヤーで聴くだけだった。ギターやったらカッコいいかな?って思って、とりあえず買ってみたんだけど、全然上達しなくて、すぐに辞めちゃって。それとダンスをやってみようかな?と思って、ダンスのビデオ見たけど、俺には無理だなと思ったし。ラップとか歌はどうかな?って思ったけど、俺音痴だし、諦めて、それでも音楽が好きだから、レコードだけはずっと買ってたね。高校1年の時に、地元でDJをやってるバイト先の先輩が家に遊びに来て、その先輩より俺の方が3倍近くレコードを持っているのを見て「こんだけレコード持ってるなら、お前DJやってみたら?」って言われて、そこでようやく「その手があったか!」って気づいて、ターンテーブルを買ってから今に至る感じかな。性格的にもDJが一番向いてたのかなって思うし、オタクだし、収集癖あるし、根暗な性格がDJに向いてるかなと思って。

    ALAMAKIさんが記憶にある中で、一番最初に聴いた洋楽って何ですか?

    ALAMAKI : これは母親にもめっちゃ言われるし、自分でも良く覚えてるんだけど、3歳くらいの時に、オリビア・ニュートンジョンの「そよ風の誘惑」っていう、何かのCMの曲だったんだけど、この曲が好き過ぎて、当時はレコードとカセットテープしか無い時代で、何度も母親に「もう1回かけて」ってお願いしまくったら、母親も面倒になってきて、この曲だけをリピートするカセットテープを作って、ずっと家でかけてたらしい。

    人前でDJを始めたのは何歳の頃ですか?

    ALAMAKI : ターンテーブルを買った2ヶ月後くらいに、さっき言ったバイト先の先輩が声をかけてくれて、それが15の時だね。六本木のNUTSで初めてやった。お客さんも20人程度しかいない、小さいイベントだったけど。最初のうちはみんな面白がって、地元や学校の友達も来てくれてたんだけど、始めて1年後くらいには、みんな遊びに来なくなって(笑)。

    ではキャリアとしては15年以上・・?

    DJ ALAMAKI : 今19年目だから、来年で20年だね。まあ最初のうちはほとんど遊びなんだけどね。

    現在、HARLEMのBorn FreeでメインタイムでDJをされていますが、HARLEMでメインタイムを担当し始めたのはいつ頃からですか?

    ALAMAKI : 単発のイベントでは20、21歳の頃、先輩のイベントでやらしてもらったりとか、帯とかはなかったけど、自分でもイベントも持ってたし。月1のレギュラーでやるようになったのは22歳の頃かな。それは自分主導で企画したイベントだったり、KEN-SKEくんと一緒にやってたパーティーとかでやってたね。

    ゲストで呼ばれたりするのもあるけど、結構、自分発信のイベントをやってるよね?

    ALAMAKI : そうですね、勿論、人に呼んでもらえるのはありがたいです。ただ、単発としてはいいんですけど、本当に自分がやりたいものとか、こういう音楽を表現したいって時に、誰かのイベントに出て、他のDJは違うことを表現したいと思っている中で、自分がやりたいことを無理矢理やるのであれば、面倒ですけど、自分でゼロから作った方が、表現出来るのかなって。めちゃくちゃ面倒臭い部分もありますけど、そっちの方が気持ちも楽ですし、楽しいですし。やりたい事を完璧に出来なくても、誰かのせいにしなくてもいいじゃないですか。自分の責任でやれるんで、そういう意味では楽ですよね。作業とか、労力の面では、面倒なこともありますけど、DJとして気持ちの上では、クリーンでいられるって言うか。

    イベントをやる上で、一番大変な部分は何ですか?

    ALAMAKI : 企画して、コンセプトを決めて、同じ志を持つ人達を集めて、その人達の心に火をつける作業が一番大変だと思います。やっぱり、自然と同じ方を向いてくれるっていうのが大事で、無理矢理だと意味がないんで。一緒に楽しく盛り上げていこうって思って貰うのが、1番難しいと思います。

    そういう感覚って、どういう風に周りに伝えるんですか?プレイでですか?

    ALAMAKI : いや、伝えきれてないと思います。全員の気持ちを同じところに持っていくことは、俺だけでは出来ないですし。でも、その中の何人かが共感してくれて、同じところに向かって一緒にやってくれる人も結構いるんで。DJプレイもそうですけど、フロアにいるお客さんを100%最高な状態に持って行くことは出来ないですけど、自分が思い描くものに共感してくれている人達を、どこまで楽しませられるか?っていうところだと思うんで。Born Freeでも、全員に伝わってるとは思っていないんですよ。結構、HARLEMの中では特殊と言うか、今までに無い事をやってるんで。捨てる部分は捨てて、自分が良いなって思うところは伸ばしていくスタンスで、外国人のお客さんも含め、Born Freeを好きって言ってくれる人で盛り上がってきてますね。

    音楽的なミーティングはするんですか?

    ALAMAKI : いや、そこまで細かくはしないですね。毎週のBorn Freeを聴いてくれれば、理解できる子は、ある程度把握してくれますし、伝わりきらないとしても、そこまで強制的にやって貰うという考えじゃないんで。あまりにも合わければ、無理してやる必要も全くなくて、強制的にやるっていうのは不健康かなと思いますね。

    音源的な部分はシェアしたりするの?

    ALAMAKI : それはしますね。同じ感覚を持っていて、それを良いって思ってくれる子達とは、音楽と情報、スキルは常にシェアしながら、皆で伸ばしていこうって感じです。レコードの時代は、持ってないと買う必要がありましたけど、今は良くも悪くもデータなので、全部を与えてしまうのは良くないとは思いますけど、同じ方向性を持っていて、日々努力してる子達にシェアするのは全然いいのかなと。何の努力も無しに「データだけください」って人にはゴメンねって感じですけどね。

    そんな図々しい子いる(笑)?

    ALAMAKI : たまーにです、本当にたまに。

    あげてばかりですか?逆に音源を貰う事もある?

    ALAMAKI : ほぼ無いですけど、たまに。割合で言うと9:1くらいですかね。自分から9を伝えて、1返ってくると言うよりは、そこで得られる1で、自分自身、少しでも成長出来るので、惜しまずにでいいと思うんです。特別な何かを持ってる子、自分にない感覚やセンス、良いものを持ってる子に関しては、損得抜きで、周りから影響や得られるものって沢山あって、逆に彼らのお陰でやれている部分もあるので、若い子達には感謝してます。

    HARLEMでレジデントというか、自分のイベントを獲得するまでに苦労した経験はありますか?

    ALAMAKI : HARLEMの金曜日の帯をやって8年くらい経つんだけど、元々はBXのイベントで、それが始まる前まではメインフロアで帯をやったことが無かったから、帯をやりたいって思いはあったけど、いざ下のメインフロアで自分のイベントが始まってみたら、BXで長くやってた「慣れ」っていうのがどうしてもあって、嬉しい感覚もあったけど、達成感はあんまり無くて、逆にプレッシャーの方が大きかった。特にBorn Freeになる時は、嬉しいという感情よりも、その何十倍ものプレッシャーがあって。当時は金曜日も難しい状態が続いていた中での、Born Freeのスタートだったんで。急に毎週俺一人でやれって言われても、俺だけでダメな状況をひっくり返す程の力は持ってないって、自分自身でわかっていたし、結構なギャンブルだったと思うし、お店的にも結構なギャンブルだったと思う。2年前の8月に始めて、Born Freeが凄く良いPartyになってきた今だから言えるけど、当時始める時に「ダメだったら年内でクビ切って下さい」っていう条件で始めてて。俺は延命したりするのがあんまり好きじゃないから、ダメだったらバッサリと。

    それはお客さんの入り的に?

    ALAMAKI : そうですね。でも、入りがちょっと悪かったとしても、イベントとして可能性を見てくれるのであれば、やっている俺も、お店も、何か先に光が見えるんであれば、そこに向かって続けましょうっていうのはありましたけど、結構ギャンブルなことをしたので。パーティーのやり方とか、DJプレイも含めて、それまでのHARLEMの歴史の枠から、完全に外れた、新しいHip Hopだったり、今言われているFestival Trapじゃなくて、Hip Hopで言うTrapミュージックだったり。今のHip Hopは、ほんとんどがそういうのですけど、まだ当時は、そこをピークに持っていくパーティーが無かったから。今でこそ当たり前なんだけど、当時はまだギャンブルで。でも、それをやったら、外国人のお客さん達が喜んでくれて、海外からのお客さんがめちゃくちゃ増えて、半年経って「良かったー」とは思えたけど、正直に言うと、そこまではプレッシャーが・・・。

    とは言え、手応えは最初からあったでしょう?

    ALAMAKI : いやぁ~「悪くはないな」とは思ってましたけど、だけど勢いだけで持っていくしかない部分もあったんで最初は「やってやるぞオラァ!」みたいなね。若い奴らと「Yeah!!」みたいな。俺ももう、頭のネジ1個外してやってる感覚は半年くらいあったんで、8月に始めて、年明けるまでは全速力で、手応えというよりかは、何とかこの状態を上向きに持って行くことだけを考えていたので、冷静に「イケるかな?」って見れたのは、半年経ってからですね。

    DJ ALAMAKI at Club Harlem. (Instagram: @clubharlem)

    ちなみにHARLEMのメインフロアで帯っていうのは、BXでやり始める時から目標にしていたの?

    ALAMAKI : 勿論、メインフロアでお客さんを頂点までブチ上げるっていうプレイも大好きですし、目標にはしてました。でも、真逆の、ラウンジでゆっくり音楽を聴いて欲しいみたいな、座ったままで気持ち良くなって聴き入ってしまうみたいなプレイも大好きですし、どっちも好きなんで。自分が好きなプレイスタイルって沢山あるんで、BXだったらBXらしさ、ちょっと洒落た感じの、メインフロアでは出来ない事をやりたいっていうのはあったんで、BXはBXで好きなんですよ。絶対にメインフロアじゃなきゃ嫌だとか、正直そういう感覚は今でも無くて。上なら上で、他の箱なら他の箱でみたいな。メインフロアでの帯っていう経験が無かったんで、一度やってみたいという気持ちはありましたけど、メインフロアだから凄い!とか、そういう感覚は無くて。ラウンジでめちゃくちゃいいプレイする人なのに、メインだと全然ダメだとか、その逆も然りで、俺はどっちも出来るのが一番理想だなっていう考えなんで。

    単に経験として、メインフロアの帯を持ちたいという感じですか?

    ALAMAKI : この歳になってみて、野心という意味では、他のDJよりも欲求は薄いのかなとは感じますね。俺そういう野心弱かったな~と。何が何でもみたいな感情は、あんまり無かったんで。求められて、使って貰えるなら、よろしくお願いしますみたいな感じだったんで・・(笑)。

    週末のHARLEMのメインフロアのメインタイムを務めているDJの中では、年齢的には完全に若いと思うんですけど。

    ALAMAKI : もう35になる歳だから、バリバリ中年なんだけど、先輩達と比べると、一個下の世代にはなるかな。

    Born Freeを始めた時のプレッシャーと言うのは、一個下の世代という年齢的な部分のプレッシャーもあったんですか?

    ALAMAKI : いや、その前にやっていたイベントが終わる時にも、一緒にやってたDJとして、俺にも当然責任はあって、なのにイベントが終わるというのにも関わらず、今度は俺がメインで新しく始めるってなった時「これをコケたら結構アウトだな・・」っていうプレッシャーかな。金曜日に関しては、Born Freeの前から関わってきてるから、一応自分も看板に載せてもらってたイベントを終わらせるって言うのは、俺自身も戦犯だから。それを、自分だけ立って新しく始めるって、正直ありがたいけど、でも「マジで・・?」っていうのもある。

    自分自身に対するプレッシャーですね。

    ALAMAKI : そうですね、自分も関わって、みんなでやってきてダメだったものを「次はテメーだけでやってみろ!」って言われても「マジで!?」っていう(笑)。正直、成功出来るっていう確信なんて無かったですし、やれることを本気でやるしかなかった。頭を使ってこんな風にやろうみたいなのも、全く意味がないってわかっていたし、それなら自分が思う事をフルでやってみて、ダメだったら自分がイケてないってことで諦めもつくし、逆にやりたくもないDJをズルズル続けてクビですって言われる方が一番嫌で。今自分が感じてる、これがカッコいいと思うものを全力でやってみて、それで結果が出ないならしょうがない。ある意味では、やるべきことが1個だけになったんで、逆にやりやすかったのかもしれませんね。本当に余計なことを考えないでやったんで。変な意味じゃないですけど、例えが悪いかもしれないですけど、決死の「帰りの燃料積まないで行ったるわ!」っていう気持ちだったんで(笑)。陸地までたどり着かなかったら、引き返す気はありませんっていう気持ちだったんで(笑)。

    でもそこまでのプレッシャーと言うか、DJに限らず、色んな仕事に言えるかもしれないですが、大好きなことを全力でやって、ダメだったら、後戻り出来ないみたいな環境ってどうなんですかね?

    ALAMAKI : いやいや、DJ辞めるとか、そこまでではないですよ。DJっていうライセンスがあるわけでもないし、試験を受けて免許を取るものでもないんで、他の職業と比べたら、機材を買ってDJ始めた1日目の人も、30年やってる人も「DJです」って言えばDJなんで。なので、イベントで失敗しても、DJを辞める「必要」はないと思ってますし、俺は還暦までDJを続けるつもりですけど、DJだけで飯を食うかって言われると、そこに関しては色んな選択肢があってもいいと思ってます。別に会社員しながら週末だけDJの人も、俺はDJだと思うんで。DJだけで飯を食おうっていうのをゴールにしていると、イベントを失敗したらDJを続けられないっていうマインドになっていきますけど。俺は最初からそういう風には考えてなくて、でも、今はお陰様でDJと、DJに関わるA&R的な仕事で生活が出来ているんで。でも、これから5年後、10年後、どんどん環境は変化していくと思うんで、DJを続けていることが「DJ」なんだと思うんですよね。俺は、あまりそこの恐怖心は持ってないです。でも今のシーンを見ていると、そこに恐怖心を持ちながらDJをしている人は多いのかなとは感じます。別に1つのイベントをクビになったからと言って、DJを辞める必要はないですよね。楽しくて、好きでDJやってるのに、クビになる恐怖を持ちながらDJをするのって、面白くないじゃないですか?それって凄くストレスじゃないですか?そんな精神状態で、本当に自分が良いと思ってる音楽をお客さんに伝えられるとは、俺には思えないですね。

    だからALAMAKIはソングセレクションも他のDJとは異なるんだろうね。勿論、お客さんを盛り上げると言う前提はあるんだろうけど、DJという仕事の捉え方の部分で。

    ALAMAKI : ビートルズもマドンナも、めっちゃPopsだと思うんですよ。最初の方にも言いましたけど、俺は恥ずかしいくらいのPopミュージックも大好きですし、逆にコアな音楽とかも。俺はRockを聴いた時、Rockというジャンルよりも、Rockn’Rollの精神とか、Punkの精神が、俺の中にあるHip Hopの精神に通ずるものがあって、今の体制に対して反発したり、既存のものに対して、メディアだったり、音楽業界だったり、社会とか、全部含めて、そういうものに対する時の若者のエネルギーが、音楽で表現される部分に俺は凄く惹かれたから。世代的にはHip Hopをやってるけど、あと20年若かったら、Punk、Rockやってたでしょうし、本当に凄くPopsも好きなんですよ。だから、俺は矛盾してて、嫌いなものも勿論ありますけど、良いPopsは好きだし、Punk、Rockでも、嫌いなものはあるし、カッコ良くないものは、カッコ良くないって思いますし、ジャンルではなく、自分が良いと思うものがカッコいいというシンプルなところですよね。

    ※パート2はこちらから

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    関連: DJcity Japan Interview: DJ HAZIME Pt.2

  • Aviciiリミックスコンテスト優勝者、Tokima Tokioが制作について語る

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    DJcityとGeffen Recordsの共同企画、Aviciiリミックスコンテストにて見事優勝をされた、東京のプロデューサーTokio Tokimaにインタビューをしました。今回彼はコンテストに向けて制作したリミックスやプロデューサーとして大切な事について語ってくれました。なお、彼のオフィシャルリミックスは10月13日リリース予定とのことです。

    まずはリミックスコンテスト優勝おめでとうございます。

    Tokima Tokio : ありがとうございます。

    早速ですが、DJcityのAviciiリミックスコンテストに参加しようと思ったきっかけを教えて下さい。

    Tokima Tokio : 普段の仕事では全く違った音楽もやっているんですが、ダンスミュージックが好きで、結構日課として海外のダンスミュージックのメディアとかをチェックしているんですよ。確か、Your EDMだったかな?そこでリミックスコンテストの記事を見ました。実はDJcity経由の参加ではなくて。コンテストを知った時点で締め切りまで1週間を切っていて。でも、元々応募期間は10日間くらいでしたよね?それで「これや!」と思って、とりあえず参加したというのが経緯ですね。

    曲中のトラックに関しては、ゼロから作りあげたのですか?それともストックがあったのですか?

    Tokima Tokio : 完全にまっさらな状態からですね。もしかしたら、リミックスコンテストの記事を4年前に見たら、参加していなかったかもしれないですね。

    何故4年前なのですか?

    Tokima Tokio : 4年位前のEDM全盛期の頃は、僕は流行りの音と言うよりは、Bassミュージックが好きで。BPM100か150くらいのをよく聴いてて、それを使って何かやりたいと言うのがずっとあって。今だったら、自分のやりたい事と、世の中の流れがマッチするのかな?っていうのがありますね。

    なるほど。リミックスの設計と言うか、どのような制作工程なのですか?

    Tokima Tokio : BPM100くらいのDancehallが好きで、最初にまず、BPM100の曲にしようと考えていて、最終的には96に落ち着いたんですけど。アコギで鼻歌を歌いながら、原曲のメロディー、歌詞を引き立たせられるコード進行を考えました。そこから、ギターで作ったコードをピアノに置き換えて、ピアノとボーカルだけを流して、これだったら原曲よりもエモい感じが出るっていうのを作って、そこにDancehallのビートとベースを乗っけました。基本は、ベースとドラムで如何に気持ち良くさせるか?を考えて作って、そこに上音を入れるという感じですね。ボーカルをチョップしてリフにするのってあるじゃないですか?それも、作る前から考えていて、最近みんなやってるんですけど、流行りの手法を取り入れつつも、如何に他の人達とは違った音にするのか?っていう部分も挑戦したかったポイントですね。流行り+オリジナリティはダンスミュージックの醍醐味だと思います。

    使っているDAWは何ですか?

    Tokima Tokio : Ableton Liveです。入力には鍵盤のMIDIキーボードを使ってますけど、中学の頃にギターを使って作曲を始めたんで、実はギターの方が得意ですね。

    プロフィールを拝見させて頂きましたが、アメリカ在住の経験もあり、それ以外は謎に包まれている印象でしたが、普段はどのような活動をされているんですか?

    Tokima Tokio : 普段から音楽を中心に仕事をしています。CM制作会社さんや、映像制作会社さんからの依頼を受けて、バックグラウンドミュージックを制作しています。でも、ずっとダンスミュージックは好きですね。10年くらい前にElectroが凄く流行った時期があって、あの時期にDTM(Desk Top Music)を始めたんですよ。2008年くらいですかね。その当時、初めて作った曲がYelleのリミックスで。他にもDigitalismとか。それと、Major Lazerもコンペをやっていたんですよ。今考えると、あの頃は結構メジャーなアーティストがコンペをやっていたなと思いますね。DTMを始めて1年目やったんで、自分の名前を広めるためにも色んなコンペに参加しましたけど、やっぱり負けましたね。負けたんですけど、色んなところのブログ系のサイトで、いい感じに最初のリミックスから取り上げて貰えて、そこから海外のレーベルでリリースする事になったんです。国内では、Microsoftとかのウェブサイトの音源を作る仕事を受けたり。少し上向きにはなったんですけど、そこから先がなかなか進まなくて。当時はAviciiはProgressive Houseとか作っていたと思うんですけど、僕もElectro後期は結構Progressive Houseとかを作っていて。でも、全体的なシーンはどんどん派手で激しい方向にシフトしていったんですが、僕はそっちにはシフト出来ない感覚があって。自分のやりたい音楽をやっていたら、食べていけなくなるというのは感じながらも、でもなんか、そこで音楽を辞めるのは違うし、自分が思っているものと違う作品を、自分の名前でリリースするのも何か違うって感じていて。だからとにかくプロの音楽家として食べていけるようにしようと覚悟を決めて、バックグラウンドミュージックの仕事とかを受けるようになったんです。でも、僕はダンスミュージックが好きなんで、常にシーンの流行を把握しながら、ずっと機会をうかがっていた感じですね。

    プロデュース以外に、DJもやるんですか?

    Tokima Tokio : 2011年とかは、月に10数本はDJをやっていました。ageHaのプールサイドとかで地道にに活動していましたね。

    その中で、徐々にDJメインからプロデュースの方へシフトされていった感じですかね?

    Tokima Tokio : そうですね。プロデュースをメインにしようと思いましたね。今後クラブでDJをする機会があったとしても、自分の曲をかけないでプレイするのは、あんまり自分の中では考えられなくて。

    なるほど、世界的に見ると、そのスタイルが主流になってきている状況はありますよね。

    Tokima Tokio : プロデュースをしないDJが悪いとは全く思って無いです。でも、やっぱり僕にとっては、自分の曲を発表する場であると考えているので、そのスタイルが僕にとってのDJだという考えですね。

    リミックスコンテストの話に戻りますが、完成までにどのくらいかかりましたか?

    Tokima Tokio : まず、参加を決めた時点で1週間を切っていて、その日に数時間でコード進行だけ考えました。別件の仕事の納期が、リミックスコンテストの締切日と同じ日で、当然、仕事の納期は守る必要があるので、まず先に仕事を終わらせて、そこからリミックスに取り掛かって、それが締切の14時間前でした。そこから寝ずにリミックスコンテストの作品制作に没頭しました。常に時間との戦いですよね。

    コンテストに作品を提出してから、他の参加者のリミックス作品も聴きましたか?

    Tokima Tokio : ファイナリストになった10名の作品は勿論聴きました。

    他のファイナリストと自分の作品を比べて、優勝する感覚はありましたか?

    Tokima Tokio : それは半々ですね。勿論、自分の作品なんで、完成した時点で自信はありましたけど。ただ、ファイナリストに選ばれた時点で一番最初に思ったのは「ちゃんと聴いてくれたんだ」ってことですね(笑)。僕みたいに、有名ではない人間の作品が選ばれたことに対して、しっかり1曲1曲聴いてくれたんだって思いました。

    いざファイナリストの中から優勝の座を得た現在は、どのように感じていますか?

    Tokima Tokio : 自分的にはそんなに変わっていなくても、周りの評価がガラッと変わったかなと思います。でも、周りの評価って大事じゃないですか?これから自分のやりたいことをやっていくためにも。

    新規のリミックス制作のオファーなど来たりしていますか?

    Tokima Tokio : リミックスオファーではありませんが国内の音楽プロデューサーの方やゲーム会社の社長さんが会いたいと言ってくださったり、新しい出会いはやっぱり増えましたのでこれから結果に繋げていければなと思います。

    海外在住の経験があると言う事で、日本語圏以外の情報を得ると言う部分が役に立っている感覚はありますか?

    Tokima Tokio : 英語はそこまで喋れないですよ(笑)。日常会話くらいです。でも、日本と海外を分けて見ているというわけではないですが、僕は海外のプロデューサー達が好きで、ニュースや動向は常にチェックしていますね。

    今後の目標を教えて下さい。

    Tokima Tokio : 音楽プロデューサーとして、音楽をやっている人間として、グラミー賞を取りたいとか、プロデューサーとしてLAでスタジオワークやりたいとか、そういう事が出来たらいいなとは思いますけど、そこが目標じゃないですよね。結果としてそういう風になれば面白いとは思いますけど。やっぱり根底にあるのは、一人の音楽ファンとしても音楽プロデューサーとしても良い音楽に出会いたいし、自分の音楽を作り続けたいというのがありますね。自分が「これだ!」って思えるものが出来たらいいと思います。勿論、大きなフェスで大勢の前でプレイしてみたいというのもありますけど、それは結果を出せば付いてくることだと思うんで。フェスに出たいから楽曲を作ると言うよりは、楽曲が良かったからフェスに呼ばれるみたいな、順番的にはそっちなんだと思います。

    音的な部分では、どういった音楽をメインにというのはありますか?

    Tokima Tokio : そうですね、今は今回のリミックスみたいなのが旬だと思いますし、来年もその流れはあると思います。でも、2018年はEDM全体の流れも大きく変わっていくと思うんです。往年のEDMは、ほぼ無くなっちゃうんだと思います。みんな「次何がくるんか?」というところで探している状態だと思うんですが、僕も多分探しながらやっていくと思います。

    リミックスコンテストに参加したいと思っている人がいる中で、実際に作品を提出するにまで至る人は凄く少ないと思います。今後リミックスコンテストに参加したいと思っている人にアドバイスをいただけないでしょうか?

    Tokima Tokio : 特に音楽を始めた頃って、どうしても音を足したくなっちゃうんですよね。多分それで、永遠に完成しないパターンになっていくと思うんです。いかに無用なものを省くか?っていう視点も大切だと思います。Less is moreという言葉があるくらいなんで。結果、今回のリミックスも音数が少なく仕上がりました。さっきの話に戻るわけじゃないですが、制作を始める時期って、どうしても音を足したくなっちゃうんですよね。

    そうですよね。当たり前のことですけど、まずは完成させて世の中に出すことが第一歩ですもんね。

    Tokima Tokio : それと締め切りも大事ですよね。自分の個人的な作品に関しては、自分でも中々偉そうなことは言えないですけど、でもやっぱり仕事の締め切りは、必ず守らないといけないですよね。ここ3年くらいは、自分発信で音楽を作ってなかったので、今回のAviciiのリミックスコンテストが本当に良いきっかけになりましたね。今後はオリジナルの楽曲を発信していきたいですし。でも、それって期限は自分じゃないですか、だからこそ絶対にやりたいなっていう思いが今あります。多分、次の曲が一番自分にとって大事かなって思っています(笑)。

    今プロデューサーとして注目が集まっている中ですからね。

    Tokima Tokio : 今はどこかに音源を送っても、聴いてもらえる状態じゃないですか。多分業界の中でも「日本のTokima Tokioっていうのはどんなんや?」って思ってくれているんで。

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    関連: Aviciiの’Without You’リミックスコンテスト優勝者発表

  • ラジオでは放送されないLatin Trapの人気が未だに上昇中

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    Bad Bunny
    Bad Bunny (Photo source: Facebook)

    ラジオでの放送されないLatin Trapの人気が未だに上昇中であるとRolling Stone誌の記事で述べられていました。

    このLatin Trapというジャンルはアメリカで今トレンドであるTrapのスタイルをラテンアーティストであるOzunaFarrukoBad BunnyそしてDe La Ghettoなどが取り入れたことにより人気が始まりました。

    ユニバーサルミュージックラテンの販売担当取締役であるHoracio Rodriguez氏は「Latin Trapはラジオで放送されないにも関わらず人気がものすごく上昇している、若者達がこの音楽を聴くことがカウンターカルチャーとなっている。」とコメントしています。

    Hispanic Latin Raidoの代表であるVictor Martinez氏はラジオでLatin Trapが放送されない事について、「我々は15年前、Reggaetonが出てきた時にも同じ会話をしていたと考えられる、問題は歌詞の内容と卑猥さである。そしてクリーンバージョンを出さないんだ。」とコメントしています。

    またLatin Trapではありませんが、Becky GがBad Bunnyをフューチャリングに迎えた楽曲”Mayores“がBillboardのLatin Airplayチャートで32位にランクインしています。

    Latin Trapは長い間Reggaetonが支配していたとも言えるスペイン語のHip-Hopシーンに大きな影響を与えていると言えるのではないでしょうか。

    下記でFarruko、Bad BunnyそしてRvssianの新しいシングル”Krippy Kush”を視聴できます。


    関連: Latin Trapの歴史を、そのパイオニア達が語る

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