DJ Snakeがスーパースターになるまで

DJ Snake
DJ Snake at Echostage in Washington, DC on March 3, 2018. (Source: Facebook)

2013年にリリースした楽曲”Bird Machine“以降、Dance Musicのシーンでは欠かせない存在となったDJ Snake。これまでBillboardチャートにトップ10入りする作品が3つあり、数々の有名な音楽フェスティバルにも出演。そして自身のレーベル、Premire Classeを発足させました。

今回はBillboardで行われた彼のインタビューを少しまとめて掲載します。

フランス、パリでの貧困地域での生活

「Ermontという地域で育ったんだ。世界中のどこにでもあるゲットーな地域だったよ。ドラッグや犯罪なんて日常茶飯事で希望なんて持てないような街なんだ。誰も他人のことなんか気にしない。唯一あるとすればサッカー場がいくつかあるだけだよ。他は何もない、サッカーをするだけで、他にすることがないんだ。」

Hip-Hop DJからオープンフォーマットDJ/プロデューサーにシフトチェンジした経緯

「初めてHouseの楽曲をプレイした時を覚えているよ。誰かにAir Force Oneを投げられたね。でもその時自分は”色々な音楽をプレイしたい。”と思っていたんだ。でも人々には”お前はクレイジーだ、今までの信頼やファンを失う事になるぞ。”と思われていたんだ。それでも自分は新しい挑戦や自分の楽曲を作りたかったからプロデューサーになったんだ。」

他人の楽曲をプロデュースすることから自身の音源をプロデュースするまで

「これまで色々な人の意見や話を聞いてきたよ。プロデューサーからライターまで、本当にたくさんの人のね。けどある日、”もうどうでもいい!自分のビジョンで行う!”って決めたんだ。もう誰の意見も聞かない、A&Rの意見さえもういい。これで良かったんだ。自分で最高の音を作れるからね」

DJとのネットワーキング

「バックステージとかでRL Grime、Flosstradamus、Baauerなどと出会い全員の連絡先をゲットしたよ。嬉しすぎて次の日には全員に10通ずつぐらい自分の音源などを添付したメールを送っていたよ。」

世界中のスタイルを取り入れる

「最初はパリの街が自分に影響を与えて作品を作っていたけれど今は世界中の街が影響を与えてくれているよ。」

ロールモデルとして

「クリエイティブになるためにはお金は必要な買ったね。ゲットーな場所でよりクリエイティブになれる生活をしていたと思う。そのような地域で暮らしている子供達には、ゲットーからでも最高な音楽を作れて、世界を変えることができるんだと伝えたいね。」

関連:DJ Snakeの”Magneta Riddim”リミックスTop 5

Popular